アンダンテ | ナノ

Bridge

「ブルックリン橋を歩きたいな」

今日は友人であるジョニィと買い物に行く約束していたというのに、朝から急患が入ってしまい、仕事が終わったのは夕方だった。その詫びに夕飯はちょっとお高いレストランにでも行くかと誘うと、せっかくだから家で過ごそうと返された。それからもう一つ。

「…ブルックリン橋?構わねえけどよ、何でまた」
「…何となく?」
「何だそりゃ」
「君も疲れてるだろうから、嫌ならいいよ」

特に怒っている様子もなくそう言われたら、ただでさえばつの悪いジャイロは了承するしかなかった。嫌なわけでもなかったので。

腹は減ったが特に急ぐこともなくのんびりとふたり、夕日に照らされた橋を通る。夕食用の食材、食後用のコーヒー豆やワイン、詰め替え用のシャンプーだとかタオルだとか、スーパーでけっこうに買い込んでしまった。これならヴァルキリー…ジャイロ愛用のバイク…に乗っていった方が楽だったのではないか。しかしリハビリも兼ねて歩きたい、というジョニィの意志を無下にも出来ない。更には君と一緒に歩けるのが嬉しい、なんて言われたら、もうどこへだって連れて行きたいと思ってしまうジャイロだ。

「ねえ急がないと!」
ふいに、後ろの方向から走って来た少年たちとすれ違ったかと思えばジョニィにぶつかった。抱えていた茶袋からごろごろとモノが転げ落ちていく。

「うわっ」
「おいおい何やってんだ!」
「わあっ、ご、ごめんなさい!僕たち急いでて!」

少年たちは慌てながら戻ってきて、落ちたモノを拾っていき、まだ呆けた様子のジョニィが持つ袋の中へとそれらを入れていく。

「本当にごめんなさい、お兄さん…」

頭を下げる少年たちはまだまだ年若いように見える。子どもなら仕方ないか、とため息をついた。

「大丈夫か?ジョニィ」
「…ああ、うん、ぼくは大丈夫だよ」
「まったく、気をつけろよ」
「はい!」

そうしてまた足早に去っていった。
「早くしないと船出ちゃうよ!」
「うん…!」
そんな会話を交わしながら。何だか微笑ましくすら思えてくる光景だ。

「…船、だってジャイロ」
「…乗りてえのか?」

先ほどから妙にジョニィはぼやっとしていて、足を進める気配もなく、少年たちが過ぎ去った方向を見つめている。

「船もいいかもね」
「船も、ってなんだ」

橋の欄干にもたれながら、意味ありげな発言に聞き返す。するとジョニィは目を伏せながら、零れるようにつぶやいた。

「手段は何でもいいけど…それこそ君のヴァルキリーに乗ってでもいいけど、…いつか君と旅してみたいって言ったら呆れるか?」

それは医者としての仕事が忙しいジャイロと、騎手へカムバックするために必死に両脚のリハビリに励むジョニィの、ふたりにとっては奇妙な夢物語のようだった。なのにどうしてか突拍子もないその話に、ジャイロは一も二もなく頷いていた。

「いいじゃねえか、行こうぜ」
「え、マジか」
「マジだ」

アメリカ横断の旅ってのも悪くない。朝から晩まで広大な荒野をこいつと一緒に駆ける。経験したことのないはずの想像は、胸がかきむしられるほどになつかしいのはなぜだろう。
ジャイロの発言を受けてジョニィは、茶袋をぎゅうっと両腕で抱きしめながら揺れた瞳をしていた。おいおい、お前が先に言ったんだろ。怖がるなよな。旅することだって、赤い夕焼けに包まれたこの橋をふたりで渡ることだって、何でもないことなんだから。

「…そっか」
「そうだよ」
「うん、君はそーゆうヤツだよな…」
「どういう意味だおい」
「さあ?」

それより、行こうよ、ジャイロ。日が暮れてしまう。
いつもの顔に戻ってマイペースに歩き出す。腑に落ちないこともあるが、ジョニィがどことなく嬉しそうなのでまあよしとするか。ジャイロは何も言わずに歩きだし、その隣へと並んだのだった。





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180724

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