アンダンテ | ナノ

9月25日1時と2時

不意に目が覚めてしまった。テントの中は真っ暗で日が差し込まれていないのを見る限り、まだ夜は明けていない。明日はいよいよSBRレース開幕なのだから、充分に休息をとらなくてはならないのに。しかし妙に寝つけなかった。
仕方ないので夜風にあたるついでに小便でもしてくるか、とジャイロが外に出ると、テントに近いところで車椅子が転がっているのが目に入った。瞬間的に、数日前に自分に突っかかってきた少年のことを思い出す。あいつ、まさか。
だんだん暗闇に慣れてきた目で辺りを見回すと、柵で囲われた一角が先の方にあった。そしてその中央で倒れている少年の姿も。
おいおいおい、まさか死んでねえだろうな。
テントからランプを取り出し少年の元まで駆け寄った。やはりあのときの、ジャイロの鉄球の回転は何なのかと問うてきた男だった。あちこちから出血しているものの、胸が規則正しく上下運動している。つまりはただ眠っているだけのようだった。…何だ、驚かせやがって。
そして少年に気をとられていたがよく見ると少し離れたところに馬がいた。班てんがある白い馬だ。この馬もどうやら眠っている。
そこでジャイロは一つ仮説を立てる。まさかこいつは、自分を追いかけてくるためだけにレースに出場する気なのか?だから、この体で馬に乗ろうとしてこんなボロボロなのか?
思わず息を呑む。ジャイロは、少年の顔を見やり―踵を返した。やめだやめ。こいつの事情は知りはしないしオレには関係ない。関わる義務などない。
だが…そうだな。もしも夜が明けて、レースが始まる前になってもなお諦められないようであるならば―そのときは、ヒントぐらい与えてやってもいいかもしれない。

そのとき、名も知らぬ少年に僅かな関心を持ってしまったことが『始まり』だったことを、今のジャイロはまだ知らない。


***


ふと意識が浮上する。いつの間にか気を失っていたみたいだ。
――今は何時だろう。時計は持ってないし周りにも見当たらない。尋ねようにも人気すらなかった。当然だ。昼間の喧騒もすっかり静まった深夜のサンディエゴビーチの一角で、ぼくはまだ馬に乗ろうともがいている。
2年前までは息をするように自然に行っていた騎乗がまるで出来やしなかった。脚どころか上半身の方も笑えるくらいにボロボロで、鈍い痛みも滲む涙も止まらない。
日付を跨いだのならもう25日だろうか。SBRレースの開幕日。始まるのは何時だったか。始まってしまうのか。”あの男”が、行ってしまう。触れたとたんに動いたぼくの脚。あの鉄の球、回転の秘密を知りたいのに、知らなければならないのに、叶わぬまままた希望は去ってしまうのか。…いいや、逃してたまるものか。何としてでもあの男から聞き出さなければ!
ふらふらと起き上がって周りを見渡す。少し離れたところに、その老馬はいた。にじり寄っても蹴られない。どうやら眠っているようだ。ぼくが買ってからはずっと格闘していたから、疲れているのかもしれない。出会ってから暴れてばかりだったこの馬の寝顔を見ていると、今更申し訳なさも湧いてきた。それでも諦めることは出来なかった。
どうか、どうかぼくを乗せて走ってくれ、スローダンサー。

ジョニィのその祈りが届くのは、
”あの男”からヒントをもらうのは、
スローダンサーが心を寄せてくれるのは、
あと、××時間後の話。


160925

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