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初期症状

目が覚めると空はまだ暗かった。そして妙に体があついというか…重い。何だこれはと思い、ジャイロは気怠い体をゆっくり起き上がらせると、額から何かがずり落ちた。手に取ると、湿ったタオルだということがわかった。それから、自分の体に毛布が2枚かかっていることも。

「ジャイロ!気がついたか!?」
こちらが起きたことに気付いたらしいジョニィが這いずりながら寄ってきた。応えようと口を開いたら咳き込んでしまった。頭痛もする。やべえ、昨日は体調がちょっとばかし優れない、ぐらいだったのに悪化してやがる。

「はい、水」
「ああ…ありがとな…」
水筒を手渡されて思い切り呷った。渇いていた喉を潤すと少し楽になったので、ジャイロは状況を確認しようとした。

「今何時だ?」
「深夜3時すぎ」
「…そんな眠ってたのか」
「そうだよ」

ジョニィによると、昨夜先に寝たジャイロは見張り交代の時間になっても起きなかった。様子を見るとどうも具合が悪そうであり、ジャイロの額に手をやると発熱していることに気付いた。それでタオルを濡らしに行ったり、自分の分の毛布もかけたりしたという。

「ヴァルキリーも心配してたよ」
「ヴァルキリーも…?」
「ぼくがばたばたしてたせいで起こしてしまったみたいでさ、具合悪そうな君から離れようとしなくて大変だったんだぞ。今は寝てるけど」

言われていつもより近い距離で眠っている愛馬を見やった。もしかしたら昨日から主人の不調を感じ取っていたのかもしれない。すまねえなヴァルキリー。

「馬に心配かけるなよな」
「わかってるっつの。おめーにも世話かけたな…」
「いいから寝てなよ。見張りはぼくが続行するから」
「いいのか?」
「いいから!」

半ばむりやり寝かされる。ジョニィは水筒の水で濡らして絞ったタオルを再びジャイロの額に乗せた。その手が存外優しく感じられたのは気のせいだろうか。

「ジャイロ、その、さっき薬持ってないか探すために、君のカバンの中少しだけ見てしまったんだけど…」
「…まあしゃあねえな」
さすがにこんな状況で怒るほど心狭くねえぞ、オレは。
「ごめん。それで、どれが解熱剤なのかわからなかったんだけど、そもそも持ってる?」
「持ってる…が、腹に何か入れないといけねえから朝飯後だな…」
「そうか…」
街まではまだ距離があるし、今日は一日休むか?とジョニィは提案する。しかしジャイロは、あとひと眠りすりゃ治るだろうからいい、と咳き込みながら言った。
「ああクソッ、昨日で対処しとくべきだったぜ」
自己診断を誤り、適切な処置をしなかった。父上が知ったら厳しい顔をするだろうな、と軽く自嘲した。

「…ジャイロ、君は自分の体調不良を知っていたのか?」
「あ?ああ、当然だろ」
医者なんだから。するとジョニィは怒ったような、悲しんでるような顔をして俯いた。

「ジョニィ?」
「…何で……んだよ」
「え?」
「…熱があるとか、気分が優れないとか…何で言ってくれなかったんだ」
「何で、って…」
そんなことを問われるとは思ってなかったジャイロは言葉に詰まった。その間にジョニィは続ける。

「ぼくは医者じゃあないし、言ったって何も出来ないかもしれないけど、」
ジャイロは医者で、自分ひとりで対処できるかもしれないけど。でも、
「協力関係を結ぼうって言ったの君じゃないか…」
呼びかけても応えてくれなかったとき、熱があることに気づいたとき、ぼくがどれほど慌てたか知らないだろ君!
そう吐き捨てるように言ってから、ジョニィはそっぽを向いてしまった。

「…ジョニィ…」
これにはジャイロもぐさっときた。熱もひどいものではないし、寝たら治るものだと自己診断したジャイロは、ジョニィに何も言わなかった。心配をかけたくなかった、というわけでもなく。本当に、わざわざ言う必要もないだろうと思っていたからだ。それがまさかジョニィを怒らせることになろうとは思わなかったのだ。いや、怒っているならまだマシだった。
普段ジャイロが理由も話さず独断で突っ走ろうと、文句を言いながらもついてくるジョニィだ。ああだこうだ文句を言われるのは聞き流せる。しかし先ほどの主張はそういうものではなかった。顔は見えなかったし、語気は荒かったが、あの言葉でわかる。恐らくジョニィは傷ついている。ジャイロに何も告げられなかったことを、頼られなかったことを悲しく思っているのだ。……多分。
子供のように拗ねているだけだと言えばそれまでなのだが、しかしジャイロの心にぐさっときてしまった。なので、謝らざるをえなかった。
たき火と向き合いながらすっかり黙り込んでいるジョニィの背中に声をかける。

「ジョニィ」
「…なに?寝ないの?」
「悪かった」
「え」
「すまねえ、今度からはちゃんと話す。それから、…看病してくれてありがとな。助かるぜ」
「……!」

ちゃんと告げようとは思えど、早口になってしまった。そんなジャイロの言動が意外だとばかりにジョニィは目を丸くして振り返る。しかしすぐにまたたき火の方へ顔を戻した。

「……いいからもう寝なよ君。今日走れなくなるぞ」
「おうよ。じゃ、悪いが見張りは任せたぜ、ジョニィ」
「ああ。…おやすみ、ジャイロ」

ちらりと覗く横顔はいつものジョニィだったが、醸す雰囲気はだいぶ和らいでいた。それに安心したジャイロが再び眠る姿勢になると、枕元にクマちゃんが置かれてることに気づいた。そういえば先ほどジョニィがカバンの中を見たと言っていたが、まさかそのときに取り出してわざわざここに置いてくれたのだろうか。
このぬいぐるみを大事に持っていることも、言ってなかったのにな。
ジャイロは、ジョニィが慌てながら自分を看病してくれたことが、面映ゆかった。ジャイロが眠ってから今までずっと見張りに看病に気を張ってたであろうジョニィを思うと、面目なかった。自分たちは協力関係じゃないかと責められて、すまなく思った。くまちゃんを置くという気遣いがおかしかった。それから、胸に湧き上がる感情は何だろうか。これまた父上に知られたら苦い顔をされそうだ。…今更かもしれないが。
鈍い頭が思考をぐらぐらさせる。さっさと寝てしまおう。
しかしジョニィは一晩中見張りをすることになる。それで明日自分が回復したらすぐ出るというのもひどい話だ。午前中ぐらいはジョニィの分の休息もとるか。本人は突っぱねそうだがむりやりにでも休ませて、その後にはお詫びにコーヒーでも振舞おう。かわいい愛馬と、パートナーに。






2nd〜3rdステージぐらいの話
恐れ多くもフォロワさんに捧げます!Happy Birthday!
151123


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