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  飛び出せ、ヒロ!


 あの降谷零に気取られないように張る、なんてそんなことはあの世でだって難しい。と諸伏景光は知った。
 思えば最初から最期まで景光を見つけてくれた親友なのだから、当然といえばそうなのかもしれない。肉体を伴わない、いわゆる霊的な存在になった今でさえ即座に自分を感知してくれるなんて。いや、素直に、嬉しい、のだが。
 
(――ゼロに気づかれたら、その時点でオシマイなんだよな……)
 
 亡くなってから数年、唐突に現世に降り立つことが許された。しかし対象に悟られない間だけ、という条件付き。有り難くも謎のルールに、景光は苦しめられていた。
 
 

 降谷には霊感などなかったはずだから大丈夫だろう、とたかを括って彼が住む拠点へと来てみたら、秒で気づかれた一回目。
「ヒロ……?」という小さな呟きに、もう動かない心臓が軋んだ気がした。
 

 さすがに近すぎたかと思い、今度は降谷が愛犬と散歩するルート周辺に佇んだのが二回目。念のため木々に隠れたというのに、彼はふと足を止め、訝しむ愛犬をよそにこちらに視線を向けてきた。
 やめてゼロさん、こっちじゃなくてハロを見てやって! ほらどうしたの? って顔してるよ!


 ならばと今度は元職場、すなわち警視庁の屋上へとやって来たのが三回目。さすがにここからなら大丈夫だろう。RX-7に乗って登庁する降谷を見下ろしながら、今は何の任務を請け負っているのかな、上手くいっているといいけど、とか考えていた。
 すると数十分後に屋上のドアが開いたのだから、生者であれば公安失格な声が出ていたかもしれない。拳銃を構えた彼が、部下を引き連れて現れた。
 
「降谷さん、さすがに警視庁に不審者は忍び込めないかと思われますが……」
「……そのようだな。しかし何者かの気配≠ヘ感じられたんだが……」
「(あ、あんな距離が離れていたのに……!?)」

 幼なじみの察知能力が天井知らずになっている。職務上はたいへん役立つだろうし、彼の安否のためにも必要なものだ。けれども。
 降り立っては即リターンする結果となっている景光は、頭を抱えた。俺はゼロをそっと見守りたいだけなのにどうして。兄さんの方は意外と気づかなかったのになあ……。
 
 
 そもそも死んだ身で現世にいきたい、というのがおこがましいことなのだろうか。無駄に彼の気持ちや生活を乱すだけならば、もういかない方がいいのかもしれない。
 そう思えてきた頃だった。
 


「よお景の旦那、浮かないカオしてんな」
「大丈夫か? 諸伏」
「松田……それに班長と萩原も……。どうしたの?」
「あのね、俺たちも降谷ちゃんのとこいってきたよん
「……えええ!?」

 突然訪れた同期たちから驚くことを聞かされた。何と彼らは降谷の元へいってみたものの、気づかれることはなかったらしい。元気そうにしてたのはいいが拍子抜けしたぜ、とは松田談だ。

「零のヤツ、景にはすぐ気づくくせに、何で俺らはわからないんだか……」
「まあまあ、だから諸伏の代わりに見てこようって言ったのはお前だろ、松田」
「降谷ちゃんって恐らく霊感があるわけでもないから、諸伏ちゃんに気づく方がすごいんじゃないかな」
「わかってらあ」
「そ、そうなんだ……」

 じゃあ、他でもない|諸伏景光《俺》だから、|降谷零《ゼロ》は気づいてしまうのなら、それは……それは、どうしたらいいのだろう。
 もう諦め気味だったのに、みんなの話を聞けばやはり自分も、会いたいと思う。ここからでも現世を覗くことは出来なくはないが、可能ならばもっと近くで見ていたいと、願ってしまう。
 
「寝込みでも襲ってきたらいいんじゃねえか?」
「おそ……っ」
「それは語弊が生じる言い方だねえ、じんぺーちゃん……」
「でも案外、ありかもな。寝てる間ならさすがの降谷も大人しいだろ、たぶん」
「……うーん、わからないけど……それは試したことなかったから、やってみようかな。みんな、わざわざありがとう」
「「「いいってことよ」」」

 あの頃とおんなじ笑顔をしながら相談に乗ってくれた三人に、景光は心から感謝した。
 

 
 さて深夜、というかもはや早朝に近い時分、ノックもせずに忍び込む。完全なるプライベートの侵害に少し申し訳なくなるけれど、今更か。でもごめんね、と謝ってからベッドで横たわる降谷へと近寄った。ちゃんと眠っていることに、色んな意味で安堵する。どうやら今回は即リターンにならずに済みそうだ。

 ふふ、ゼロ、寝顔も変わらないなあ。ほっこりしながらしばらく堪能して、ふと、室内を見渡した。

 部屋の隅に置かれたギター(今でも弾いているのかな?)、すやすや腹を出して寝ているわんこ(ハロ、かわいいなあ)、先ほどまで広げていたのであろう、テーブルの上のノートパソコン(命より大事な機密が詰まっているんだろう)、棚に仕舞われた救急箱(自分で手当てしているゼロを思い浮かべたら切なくなった)。
 それからしっかり手入れされているように見える、キッチン器具(そういえば、降谷ちゃんの手料理うまそうだったなあ、モテるだろうねえあれは、とかなんとか萩原が話していた)。
 きっとここは一時的な拠点にすぎないだろうけど、きちんと生活している彼がいとおしかった。
 
 ねえゼロ、俺はもう手当てすることも、料理を教えることも、おしゃべりすることも出来ないけど……ゼロが無事であることを、いつだって祈っているから。
 
 そっとひたいに唇を落とした、その瞬間。
 まるで計ったように、枕元のスマートフォンがけたたましく鳴った。間もなく降谷がすっと起き上がる。あ、やばい!
 気づかれる前に景光は自分からその場を退散した。


 ほんのわずかでも会うことが出来てよかったけど、最後は危なかった。自分たち公安、特にゼロは休みなんてあってないようなのはわかっていても、よりによってこのタイミングで叩き起こされるなんて。相変わらず仕事が忙しそうで、眠れてるか心配だなって班長も言っていたけど、本当だ。
 これじゃあ寝ている間に、というのも結局難しいものなのかもしれない。いや、俺の勝手な都合はいいからちゃんと寝てほしい。仕事だから仕方ないけれど、なるべくは、頼むから。
 次会うときは気絶したとき、なんてことにならないでくれよゼロ……!!



「……すみません、こんな時間から」
「いや、構わんよ」
「……? 降谷さん……?」
「何だ」
「いえ……何か、いいことでもありましたか?」
「……そうだな。……目覚めがよかった、な」
 
 運転しながら鼻歌でも歌い出しそうな降谷に、それは皮肉なのか……!? と風見が悶々としていることを、そのときの景光は知る由もなかった。





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