聖夜でなくても
降谷零8さいのクリスマスミッションは、友だちである諸伏景光(同じく8さい)がこけたりしないように、隣でハラハラと見守ることだった。
「ヒロ……逆に持ちづらくないか? それ」
「だいじょお…ぶっ!」
大きなケーキが入った白い箱を両腕で抱えながらよたよたと歩く景光に、零の方が不安になる。ビニール袋をもらったのだから、片手で持った方がいっそ歩きやすいんじゃないかと提案しても、絶対に落としたくないからこの方がいい、の一点張りだ。この男の子は、やわらかな顔や態度に反して意外と頑固なのだ。大事そうに、そして一生懸命に箱を抱えるそのさまは、とてもらしいのだけれど。
ついつい心配でちらちら隣を見ては口出ししてしまうが、あまりしゃべりかけても危ないかもしれない。そう思い零はいい加減口をつぐもうとしたのだが、今度は景光から話しかけてきた。
「ねえ、ゼロは重くない? ボクも持とうか?」
「ぜんぜん。これくらい楽勝だよ! ほら、ヒロはケーキに集中!」
「はあい」
チキンや手巻き寿司のパックが入った袋を零は持っている。急用ができてしまったから、代わりに予約してあるお店から受け取ってきてほしい、と景光のおばさんから頼まれたものだ。これらを無事に景光の家まで届けるというのも、本日の零の重大な任務だった。
目的地はさほど遠くないが、景光がケーキを落とさないようゆっくり歩いているため、もう少しかかるかもしれない。零も歩調を合わせながら、車や自転車、散歩している犬などから景光(とケーキ)を守らねばといつもより気を張って歩いている。
「手伝ってくれてありがとね、ゼロ」
「……いいけど、それより、ほんとにボクもおじゃましていいのか?」
土日と重なった今年のクリスマス・イブ。今夜は景光のおうちでささやかなパーティが行われるらしい。誘ってもらえたのはとてもうれしいし、冬休みの 一日め早々に景光と遊べるのは願ったり叶ったりだ。でもやっぱりこんな日は、家族水入らず≠ニいうやつではないか。景光宅にはもはや数えきれないくらい遊びに行ってるとはいえ、すこし気が引ける。
「いいの! ゼロが来るっていうからおばさんも大きめのケーキにしたって言ってたし、おじさんもダイカンゲイするって言ってたし! ボクも、ゼロがいてくれた方がうれしいよ!」
「……そっか」
「うん!」
けれど鼻を赤くさせた景光が元気よくそう言ってくるものだから、雪が融けたように、胸の中があたたかくなる。ああこまったな、くやしいな。上着の左ポケットに忍ばせてある、あとでプレゼント予定の仮面ヤイバーのレアカードは景光に喜んでもらえる自信はあっても、ちっとも見合ってないような気がする。クリスマスであってもなくても、景光がくれるぽかぽかしたものを、零だって景光にあげたいのに。
マフラーに顔を埋めながらそんなことをひそかに思っていると、不意に景光が声を潜めた。
「……それに、」
「……? なに?」
「……去年はばたばたしてたから、クリスマスを楽しむヒマなんて、なかったんだ」
だから今年はゼロと一緒に楽しめるの、ボク、本当に嬉しいんだよ。
それは吹きつけるつめたい風にかき消されそうな声だったが、零の耳はしっかりと捕らえた。出会ったばかりの頃は言葉を発せなかった友だちが、伝えたいことは何一つ逃さずにいようと、今でも思っているから。
本当は長野に住んでいたらしい景光が、ここに引っ越してきたわけを詳しくは知らない。想像もつかないくらい大変なことがあったんだろう。
いたずらに踏み込んではいけない、そんな景光の領域に触れられたような気がして、今度は胸が苦しくなってしまった。
「……ボクだって、ヒロと過ごせて嬉しい、よ」
「……うん、ありがとう」
「だから、……今年だけじゃなくて来年も、そのまた次の年も、ずっと一緒に楽しもう、ヒロ」
「!」
ボクの知らない、どこか遠くを見つめる君へ。
荷物を持ってさえなければその手か身体ごとぎゅっとしたかったけれど出来ないから、どうにかこうにか思ったことを、零はことばで景光に伝えようとした。サンタさんに願うよりもつよく、祈るように。
今年だけじゃなく、今日だけでもなくて、これからもずっとずっと、楽しいよ。ふたり一緒なら、いつまでも、どこまでだって。
「……へへっ、来年の話をしたら鬼さんが来ちゃうって、このまえ高明兄ちゃんが言ってたよ」
「そうしたら、ボクが豆をまいて退治するさ」
「ゼロはかっこいいなあ」
いつものセリフを口にしながら、和らいだ雰囲気になった景光に零は内心ホッとする。届いたかな。届けられたなら、いいと思う。
「ね、来年も再来年もだけど、……まずは今日を楽しもうね、ゼロ」
「……もちろんだよ、ヒロ」
次の角を曲がればもう景光の家だけれど、立ち止まって顔を見合わせながら、ふたりでくすくすと笑った。
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