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  いつか日常になる朝に


「それじゃあ行ってくるよ、ヒロ」
 
 これまで人生の大半は幼なじみと一緒に登下校していたが、大学生になった今はもうそうはいかない。ふたりが目指しているところ、警察官になるという夢は同じなので被っている講義もそこそこ多いが、すべて一緒なわけではなかった。

 そんなこんなで水曜日は、景光は二限からだが零は一限からだ。真面目な零は遅刻しないように朝早くから起きていて、景光も同じ時間に起きて朝ごはんを作った。ヒロは寝ててもいいのにと言われたけれど、景光がそうしたいのだ。

 そうして今は、靴紐をきゅっと締めた零を見送ろうとしている。

「行ってらっしゃい、ゼロ。気をつけてね」
「うん、……ふふ」
「? どうしたの」
「いや、その気をつけてっていうの、ヒロのおじさんおばさんもよく言ってたよな」
「……そういえば」

 そうだった。

 両親の事件で塞ぎ込んでいた幼い景光を引き取った叔父と叔母は、いつだって自分のことをやさしく気遣ってくれた。東京に引っ越してきてからしばらくして、学校に通うことになったとき、なるべく車で送ってくれていたほどだ。

 幼心にさすがに申し訳ない気持ち、送り迎えされる様子を見て訝しんだりからかったりするクラスメイト、しかし反論できない悔しさ、声が出ないもどかしさ。だからこそ心配されているのもわかるから、またどうしようもなかった。

 ……ゼロと、友達になるまでは。

 景光が笑顔で学校に行けるようになって、叔父も叔母もホッとした様子で、それでも『行ってらっしゃい景光くん、零くん。ふたりとも気をつけてね』と必ず笑顔で声をかけてくれた。

 特に意識はしていなかったが、長い年月で染み込んだそれは、いつの間にか景光にも移っていたようだ。


「何か、ちょっと恥ずかしいな」
「そうか? まあおじさんおばさん、僕にまで言ってくるのはこそばゆかったけど……嬉しかったよ。ヒロに言われるのは、新鮮だな」

 零は少し照れくさそうに笑って、「行ってきます」とドアノブに手をかけた。

「ヒロも、気をつけて」
「……うん。行ってらっしゃい」
 

 一人になった玄関で、ぼんやりと閉まったドアを見つめる。

 景光だって、慣れた言葉でも親友に、零に言われるのは何だか胸の奥がくすぐったい。ずっと一緒にいたのに、何気ない挨拶もやり取りもうんとしてきたのに、まだ慣れないこともあるものだ。でもきっとこれも、これからの同居生活でまた当たり前になっていくのだろう。

 行ってきます。行ってらっしゃい、気をつけてね。
 幾度となく繰り返されてきた言葉を、零とも交わし合うようになるのだ。

 あたたかく愛してくれた叔父と叔母のように、離れて暮らしてても思い合う兄のように、家族として。……とは言っても、零ももう家族のようなものだけど。同居生活を始めるずっと前から、とっくに。
 

 ――ああでもやっぱり、家族のように見送ったり見送られたりするのも悪くないけれど、それよりもゼロとは、どこまでも一緒に行きたいなあ。
 同じ星を見据えながら、まっすぐに突き進む友のその隣を歩きたい、なんて。
 
 
「……あ、やば、オレも準備しないと」

 考え事に耽っている間も時間は無情に過ぎていくものだ、特に朝は。
 朝食の後片付けもしなければならない。食べ終えてから零が申し出たが、自分がやるよと断ったのだから。

 ふとした感傷は振り切って、景光は玄関から狭いキッチンへと向かった。



220825

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