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  映画ネタ小話


 背中にずっしりと感じる、親友の重みと体温。
 決して落とさないように、あまり衝撃を与えないように、しかしなるべく急ぎながら、景光は階段をくだる。

 手榴弾から上手く直撃は逃れたのだろうが、恐らくは爆風によって頭や体を強く打ち付けたのだろうし、見えないところで内臓へのダメージも計り知れない。早く、早く、手当をしなければ。

「ヒ…ロ……」
「! どうした、ゼロ、大丈夫か」

 耳に届く親友ー降谷の声はいつもより弱弱しくて、また焦りが募りながらも、足を止めることはせずに返事する。忙しない足音にかき消されないように、耳元へ集中しながら。

「松田たちの……ところへ……戻ろう……」
「……ゼロ」

 それは予想外、ではない言葉だった。

「……ヤツは手負い……だが……もしも……あのふたりの元へ行ってたなら……危険だ……」

 今も爆弾解体に取り掛かっているだろう松田と、そんな彼の安全を守るように頼んだ伊達の無事を確認したい。もしもヤツが彼らの元へ再び向かったなら放っておくわけにはいかない、と言外の意思を読み取った。そう思うのは何も降谷だけはなく、景光とて同じ気持ちだったからだ。

 あのふたりのことも当然心配だ。しかし、一人で立つこともままならないような状態の降谷を置いていくわけにもいかず、あそこまで連れていくのも難航だろう。どうするか。そんな景光の葛藤を見抜いたかのように、降谷は言う。戻ろう、と。

 ならばもう、道はひとつだ。

「……わかった」
「……頼む。……ああ、でも……」
「でも?」
「松田たちのところへ……着いたら……僕をおろしてくれよ……恰好つかない、だろ……?」
「……そんな状態でかっこつけてる場合か、ばか」

 冗談とも本気ともとれる言い分に、こんなときだというのに少し笑ってしまった。ああ、ほんとに、こんなときだというのに、かっこつけではなく、かっこいいのだ、この親友は。降谷零という男は。

 少しの迷いも恐れもなく犯人を追いかけ飛び立って。ボロボロになった身体でも大人しくなどせずに、友がいる戦場へと向かおうとする。ならば自分も共に戦いたい。傷つく姿は本当は見たくないけれど、どこまでも戦おうとする親友の意思を何よりも尊重したいから。
 
 それに、最近は潜入捜査中の、バーボン≠ニしての暗躍を目にすることの方が多かったので、公安警察降谷零≠、諸伏景光≠ニして支えられることは本望だった。同期たちと共に事件に立ち向かうことだって、誇らしい。ああけれど、そう思うのはまだ早いな。
 
 一階にたどり着く。少しだけ息を整えて、それから隣のビルの非常階段へと向かった。

「行こう、ゼロ」
「……ああ、ヒロ」
 
 ***
 
 
 そわそわと落ち着かない。爆弾に表示されたタイマーが刻一刻と迫っているから、ではなく、犯人を追いかけていったあのふたりのことが気にかかるからである。

 先ほど上空から聞こえた爆発の音。そして発砲音。ただ事ではないことだけは、わかる。果たして犯人は捕まえられたのか、

「……大丈夫かな、あいつら」
「大丈夫だろ」

 思わず伊達がこぼしてしまった言葉に、即答する松田に少し驚いた。爆弾の解体を続ける松田の目線も手元も、ブレることはない。外からどんなに大きな音が聞こえてきても、だ。

「景の旦那は零の援護に回るっていったんだろ?」
「あ、ああ……」
「じゃあ大丈夫だろ。それより班長、もう一枚ガムくれ」

 あっけらかんと、しかし強い確信をもって放たれた信頼の言葉。

 ……確かに、そうなんだろう。卒業以降、降谷と諸伏がどこで何をやっているのか、伊達は知らない。けれど、あのただ者ではない犯人への立ち回り方を見るに、両者とも死線を潜り抜けてきたのだろうということくらいは、察せる。そして元より能力がずば抜けていることは、警察学校時代から周知のことだ。信じているし、侮ってはない。それでも心配してしまうのは、無事でいてくれと願うのは、彼らがかけがえのない友だからだ。

「……ほらよ、ガム」
「サンキュ。……ま、そんなに心配だってんなら、俺のことは置いてあいつらのとこ行ってきてもいいぜ?」
「ばか、そんなことできるかよ」

 降谷に松田のことを頼まれたからだけではない。目の前の得体の知れない爆弾に果敢に立ち向かっているこの男のことだって、守るべき友人だ。あの犯人に仲間はいないという推測だが、万が一のことに備えねばならない。今ここで松田の安全を確保すること、サポートすること、そしてあのふたりが戻ってくるのを待つことが、伊達の果たすべき役目だ。

「……へへ」
「どうした?」
「いや……変わらねえよな、班長も、あいつらも」

 にやりと笑うその横顔は、数年前に亡くなった友のそれに、どことなく似ている気がした。




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