胸に残る一番星 | ナノ

  CREANING!


「カミュー? いるー…?」

 ドアを開けた先に広がっていた薄暗い空間に向かって呼びかける。奥の方で何かが動いたと思ったら、「おう、イレブン」と声が返ってきた。足元に気を付けながらそこへ向かえば、小さなランプが一つ、それに照らされたカミュが見えた。袖をまくり、手袋もつけていない姿は珍しい。

「ごめん、思ったより時間かかっちゃった! 大丈夫だった?」
「まあ今のところ別に問題はないぜ」

 一息つきながら額の汗を拭うその仕草は、雑巾片手でもかっこいいな…と何だかあさってなことを思ってしまった。


 ここは、シルビア号の深部にある倉庫部屋だ。積み荷やら燃料やら食糧やらが置かれている、らしい。この船自体は以前よりアリスによって整備されていたようだが、隅々までお手入れされているかというと話はまた別であり、ところどころ埃が溜まったり汚れていたりする。

 現在の目的地であるバンデルフォン地方までまだまだ先であるこの船旅中、乗せてもらっているお礼も兼ねて自分たちで掃除しよう、と決めたのは今朝のことだった。率先して行動しようとしたのはカミュで、イレブンはそれについていく形だったが。ともかくまずは荷物が溜まっているらしい倉庫部屋を清掃することにした。

 そんなわけで勇者イレブン、今は大剣ではなく雑巾を握り、水が入った桶を持参していざここまで来た次第である。


「何でひとつしかつけてないの、明かり」
「あー、暗い方が落ち着くからな」
「いや絶対見えないし危ないでしょ、これじゃ」

 カミュがつけていたランプだけではとても足りないので、新たにいくつかにメラで火を灯し、改めて部屋の中をぐるりと見回す。

「思ってたよりごちゃごちゃしてるね、ここ…」

 積まれた木箱の横で空箱が転がっていたり、荷袋の山はどれに何が入っているのかわからない。今カミュが手をかけていた一画だけは周りと比べるときれいだが、この部屋全体を整理整頓し、かつ清潔にするのはなかなか骨が折れそうだ。

「別にお前は双子と一緒に釣りしててもいいんだぜ。中に閉じこもってるより、外で海見てた方がいいだろ」
「も〜〜またそういうこと言う……」

 黒くなり始めている桶の中の水で雑巾を絞りながら、カミュは何てことはないようにそんなことを言うのでイレブンはむうっとする。何でも一人でやろうとするのは君のいいところで悪いところだ。

 船の操縦を交代でしているシルビアとアリスは除いた自分たちの役割分担として、イレブンはカミュと船内掃除、ベロニカとセーニャは甲板で釣り兼見張り役を頼んだ。当番制にするか続行するかは今日の終わりにまた決めることになっている。
「頑張ってみますが成果がなかったらすみません…」と言うセーニャにイレブンはむしろ二人だけで見張りなんて大丈夫かな、と心配したが、「次魔物が出たら、あたしの魔法で海まで吹っ飛ばすから安心なさい!」とベロニカが自信たっぷりに言い放ったので杞憂だなと笑った。「くれぐれも船まで燃やすなよ」とカミュが速やかに突っ込み、また言い合いになっていたのは記憶に新しい。

 それからカミュだけ先に倉庫へ向かい、イレブンはというと山育ちで釣りをしたことがないという姉妹に軽くそのやり方を教えてから、ということになった。それはそれで新鮮で楽しかったけれど、カミュ一人だけに重労働はさせるわけにはいかない。

「僕が手伝いたいからいいの! さ、やろう!」
「…おう、んじゃお前はあっちらへん頼むわ。ちゃんと手袋は持ってきたか? 雑巾使うとき以外はつけとけよ」
「わ、わかった!」

 イレブンもカミュにならって袖をまくり、清掃に取り掛かった。先に言われていた通り持ってきていた手袋をつけてから荷箱を移動させたり、埃が積もった個所を拭ったり、細かいゴミをまとめたり、それらをしながらカミュと取り留めのない話をしたりした。

「そういや、昨日のアリスのおっさんの男泣きはすごかったな」
「あー、あんなに喜ばれるとは思わなかったね……やって良かったや」

 ダーハルーネでの事件から気まずくなっていたカミュと仲直りをし、ようやく平常心を取り戻したイレブンがまずしたことは、迷惑をかけた仲間たちへの謝罪と感謝。それから新たに一員となったこの船の操縦士、アリスの歓迎会がしたいという提案だった。そんなわざわざいいでやんす、とアリスはぶんぶん首を振ったが、他の仲間たちはみんな賛成してくれた。それで昨夜は少しだけ豪華な夕餉にして、ささやかな歓迎会を行った。改めて船を出してくれたお礼と、危険が伴う旅だけれどよければこれからもお願いします、と頭を下げたら泣かれてしまったのだった。その横で、シルビアが優しく微笑みながらアリスをよしよししていた。

「シルビアも言ってたけどさ、アリスさんも、ダーハルーネの人たちも、僕たちに協力してくれる人がいるのは嬉しいね」
「…むしろ、デルカダールの奴らがおかしいんだけどな。ダーハルーネだってサマディーだって、お前が頑張ったからだろ?」
「そうかなあ」
「そうだよ」

 それでも自分を信じてくれる人がいるのは有り難いと思う。そうイレブンが言えば、ほんとお人よしだな、なんて返されて、こちらへと手を伸ばしかけたカミュがぴたりと動きを止めた。

「? どうしたの」
「あーいや、すっかり手が汚れちまってるな。そろそろ休憩するか? 仕事じゃないし、適当に休んでおけよ」
「あ、うん。でも休むならカミュも一緒にね!」
「…ああ」

 ショーの道具やら衣装やら、シルビアの私物で動かさなくてもいいと言われたものを除けば、何とか片付いてきた気がする。一息つこうかというカミュの提案で、しかし椅子などはないので適当なとこに座り、壁にもたれた。なくなりかけている水筒を一気に煽る。

「さすがにちっと疲れたな」
「ね。…あのふたりは、大丈夫かなあ。ちゃんと釣れてるかな? 僕の教え方でよかったかわからないし…」
「ま、差し迫って食糧難ってわけでもないから、収穫なくても大丈夫だろ」
「それ、ベロニカが聞いたら怒りそうだ」

 あたしたちに期待してないってことなの! とぷんぷんする姿が目に浮かぶ。セーニャも不安げだったが、あまり気負わずにむしろのんびり楽しんでもらいたい。そういうと隣で休憩しながらも「次はあっちの汚れてるとこやるか」などと言っている彼にも、ほんとは休んでもらいたいものだけど。

「そういえば、カミュは釣りしないの?」
「必要ならやるさ。まあ体動かしてた方が性には合うな」

 それに、潮風にあたってるとガキの頃を思い出すんだよな。

 そんな呟きが耳に入り、イレブンは驚いてしまった。カミュの口から幼い頃の話題が出るなんて、覚えている限り初めてだ。海の近くで育ったのだろうか。そしてそれは思い出したくないことなのか。…かなしいこと、なのか。

 船旅になってから思うことは、ある。こんなデカい船は初めてだ、と言いながら内部構造や仕様に詳しかったりするところ。甲板から海を眺めるときの視線。洗濯したときは外に干すと風で飛ばされやすいから止めた方がいいと忠告したり。ここでの掃除の仕方もやたら手際がいいように見えるのは、きようさ故なのか、それとも。

 わからない、…けれど、動揺は抑え、いろいろ聞き出したいのをぐっと堪える。つい先日、ぶつかることは大事だとシルビアに言われたが、それはそうなのだろうとイレブンも思うけど。無理強いしたくないのも、また本当だから。

「…いや、オレのことはいいな。お前は? 釣り、好きか」

 カミュの次の言葉を待っていれば、やはり過去の話は切られてしまい、代わりにそんな問いかけをされた。

「…あ、うん! でも前も言ったけど、釣りしてるおじいちゃんを見る方が好きだったかな」

 村の外れの川でもイシの大滝でも、その隣に座って他愛のないことを話したりうろちょろしていた幼いイレブンを、決して邪険にせずに頭を撫でてくれた祖父の手つきを今だって覚えている。優しくて、今思い出すと少し切なくなる手。それは何だか、この相棒がくれるものによく似ている。

「じゃ、掃除終わったらオレらもするか」
「え?」
「つーか、したことないからオレにも教えてくれよ、釣り」
「え、ええっ、ウソっ!?」
「ウソついてどうすんだよ」

 ふっと笑われてしまって頬が熱くなる。いつも教えてくれる側の彼に、からそんな風にお願いされるなんて。正直に、すごく、嬉しい。

「だって、僕がカミュに教えられることなんてほとんどないし……うわーちゃんと教えられるかな!?」
「別に、あいつらに教えたようにしてくれたらそれでいいんだぜ」
「…わかった。がんばる!」

 特別釣りのスキルがあるわけでもないけれど、経験がある方で良かったというべきか。思わずイレブンは祖父に感謝した。

 すっくと立ち上がり、掃除を再開し、このあとに向けて早く終わらせられるよう、今まで以上にきびきび動いた。何をそんなはりきってんだよ、とカミュにまた笑われて少し恥ずかしくなったけれど気にしない。


 ねえ、体を動かしていた方がいいと言ってみんなのために働く君はとてもらしいなあと思うけれど、たまにはのんびり釣りしながらお話しようよ。あまりゆっくり出来ない旅だから、今はいい機会だ。他愛のない時間が少しでも、触れられない君のこころの奥底まであたためてくれたら、いいと思う。




190521

Clap

←Prev NEXT→
top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -