胸に残る一番星 | ナノ

  シルビアは笑わせたかった


 ダーハルーネの出来事から数日が経つ。天気もよければ波も穏やかで、このままの様子ならそれほど日数もかからずにバンデルフォン地方へと着くだろう、とアリスが話していた。

 順風満帆、…と、言いたいところなのだけどねぇ。

 いかんせん、このパーティのリーダーたる勇者―イレブンが、相棒―カミュに対して挙動不審な日々が続いているのである。顔を合わせれば目線をそらし、話しかけようとすればそそくさと逃げる。それはもう、あからさまに。今は船旅ということもあって、この広い船の中、避けようと思えばいくらでも避けられてしまう。おかげで問題は解決しないままだった。

 仲間になって間もないシルビアから見ても、あのふたりがどれほど仲が良いかなんてよくわかる。親しい友人であり、じゃれあう兄弟のようで、ともすれば恋人のように寄り添いあい、相棒として隣を歩いていた。そんなイレブンとカミュがぎくしゃくすれば、それはそのままこの少人数パーティの空気にも直結してくるのだった。


 本日のお昼も食べてそうそうにイレブンは席を立ち、どこかへ行ってしまった。残った四人でため息をつきながら話し合う。

「もう〜〜やりにくいったらありゃしないわ! カミュ、あんたちゃんと話すって言ったじゃない!」
「…仕方ねえだろ、あいつの方がオレを避けるんだから…」
「そうねえ、イレブンちゃんどうしちゃったのかしら」

 ぷんすかと不服そうな顔をしているベロニカを、隣の席に座っているセーニャがなだめる。

「お姉さま、カミュさまも落ち込んでいらっしゃいますから……」
「……べつに、落ち込んでねえよ……」

 などと言いながら、カミュの方も見るからに元気がなく、可哀相に思えてくるぐらいだ。

 イレブンの様子がおかしい原因として、恐らくはあのときのカミュの行動―敵の攻撃から庇い捕まったこと―なのだろう。しかし何かしら思うところがあったとして、それを直接言わずに逃げ回っているなんて、イレブンらしくないように感じる。
 さてどうしたものかしらとシルビアは考える。何とか手助けしてあげたいところだけれど、この問題に踏み込むには自分には知らないことが多すぎるのだ。

「ねえ、カミュちゃん」
「…んだよ、おっさん」
「幸い時間はあるから、ちょっとアタシにふたりのこと教えてくれないかしら」

 カミュは一瞬不意を突かれたといった顔をして、教えるっつっても何を、ともごもごしている。歯切れが悪い彼もまた、らしくない。

「言いたくないことはもちろん言わなくていいわ。どうしてふたりは出会って、一緒に旅してるの?」
「そういえば、シルビアさまにはまだきちんとお話していませんね…」
「ちょうどいいわ、カミュ、シルビアさんに話しましょう」
「…ま、こんなでかい船乗せてもらっておいて、部外者なんて言えねえよな」
「…ふふ、ありがとう、さんにんとも」

 そうしてシルビアは初めて、この若き一行のこれまで旅路を聞いたのだった。カミュの口から訥々と語られるそれは、まるで胸をときめかせるおとぎ話のよう。…語り手本人が、苦い顔をしていなければ。

「…それじゃあ、イレブンちゃんはいにしえの勇者≠フ生まれ変わりだから、邪神ちゃんを倒そうとしているの?」
「邪神が復活するのかは、まだわからないの。どうして勇者が生まれたのかもね」
「ですから私たちは真実を探るべく、イレブンさまを命の大樹へとお連れしようとしているのです」
「それで、大樹へ行く手がかりとして、虹色の枝を求めてるってわけだ」
「なるほどねえ……」

 これが本に書かれた物語ならばよく出来た冒険譚だ、と思えたかもしれないが、今に至るまでの彼らの苦難を考えればおいそれと面白がることなんて出来ない。特にイレブンの故郷の話は、とても簡単に飲み込めないものだった。

 あのデルカダールが、どうしてそんなひどいことを。
 信じられない気持ちはあれど、裏付けられる出来事はダーハルーネで実際に起こっていた。町長の息子・ヤヒムの口封じ、そしてあの大王イカを操っているようにも見えた将軍の言動。―魔物とつながりがあるからこそ、勇者を悪魔の子と呼ぶのだろうか。どうにもきな臭く、不可解だ。

 何よりも、そんな目に合いながらも己の使命に立ち向かおうとするイレブンの笑った顔と、遠い遠い記憶の彼方にある旧友を思い浮かべば、シルビアは余計にやるせない。

 しかし話を聞いていて、イレブンとカミュの間にあるあのふしぎな絆がどのように築かれていったのかは、垣間見えたような気がした。ベロニカとセーニャの双子姉妹がどうしてイレブンを大切に思い、守ろうとしているのかも。

「…話してくれてありがとう、カミュちゃん。ベロニカちゃんとセーニャちゃんも。次はイレブンちゃんにも話を聞きに行かなきゃいけないわね…」
「…イレブンに?」
「ええ。ますます放っておけなくなっちゃったわ」
「でもシルビアさま、私たちが伺ってもイレブンさまは『大丈夫だから、気にしないで』の一点張りでしたわ…」
「気にしないでいられるわけないってのにね…」

 歯がゆそうにしている姉妹と、浮かない顔のままのカミュを見ていると、どうにかこの子たちも笑わせたいとシルビアの胸が疼く。そのためにはやはり、中心であるあの子を笑顔にしたい、…と思うけれど、きっとそれは自分の役割ではないのだろう。

「そうねえ、でもこのままじゃ埒があかないじゃない? それにきっと、今のイレブンちゃんを笑顔に出来るのはカミュちゃんだと思うわ」
「それは同感ね」
「私もそう思いますわ」
「…おいおいお前ら、オレは勇者さまに避けられてる側なんだぜ」
「…ええ。だから、アタシがまず話を聞いて緩衝材になるわ。そのあとは任せたわよ、カミュちゃん!」

 ならばせめて、その手助けをしたいと思う。喧嘩という喧嘩をしたことがまだないらしい若いふたりに、思いっきりぶつかってもらわなければ。そのために自分はワンクッションとなろうか。

「何だそりゃ…」
 とカミュは困ったように頭をかいているが、姉妹の方はシルビアならきっと大丈夫だと言うので、その信頼にも応えたい。

「それじゃあ行ってくるわね!」




190401

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