ささいな思い出
「うわっ、パンパンじゃねえか。溜めすぎるなっていつも言ってるだろ」
「うっ…だって気づけばこうなってるんだもん……ごめんカミュ、手伝ってくれる…?」
「しょうがねえなあ…」
そう言ってカミュは勇者のそれに手を滑らし―とりあえず使わなそうな道具を中から取り出した。まったく、こんな小さな鞄なのに何でこれだけ収納できるのか。今さらな疑問が浮かぶ。
「あ! カミュ見て〜懐かしい」
呑気な声がすぐ隣からかけられ、視線をやれば勇者がステテコパンツを広げていた。青と白の縞々模様のずいぶんとくたびれてたそれは、旅の最初にお世話になったものだった。たき火の向こう側で座っているベロニカが、思いっきり顔をしかめる。
「ちょっと、レディの前でそんなもの広げないでよ!」
「ごめん、つい懐かしくなって」
「何か思い出でもあるんですか?」
「聞かなくていいわよ、セーニャ」
「思い出っていうか、あのときカミュと一緒に…」
「あーー別に話すもんでもないだろ」
そういえばデルカダールの下層で勇者が安いからと買ってきたのだった。ふたりぶん。まさかのお揃いである。いや、それは別に構わないが、このパンツの形状的に自分が穿けば下半身に違和感を感じそうで、正直遠慮したかった。しかし…
これただのパンツだけど防御力上がるんだって! すごいねカミュ! 穿いてみようよ!
と善意100%の瞳で言われれば、受け取るしかなかったカミュだ。
結局ホムラで新しい下着を買うまでつけていたが、時おりお互いのそれを間違えて穿いてしまったこともあり、微妙に気まずい思いもしたものだ。本当にささいな、というかしょうもない思い出すぎて、誰かに聞かせるものじゃない。
「何なのよ…」
「ふふふ、おふたりだけの思い出なんですね」
「そんな大したもんでもないけどな…」
「えー…そんなこと、ないよ」
「それよりほら、手を動かせ」
「はーい」
端がほつれたステテコパンツを、勇者はやたら丁寧に畳んだ。まさかまだ捨てないつもりなのかと思えば、さきほどカミュが『捨てるやつを入れる袋』と決めたところに入れた。まあ、こういうやつなんだよな。
「そういや最初はなべのフタだったよな、お前の盾」
ふたり旅の頃をついでにあれこれ思い出して、何とはなしに呟いた。
「何っそうなのか!?」
「…何だよ、おっさん」
妙に大げさに反応したのはグレイグだった。ロウと何やら話していたのを止めてこちらに向きあった元敵国の将軍は、何とも申し訳なさそうな顔をしていた。
「いや…そこまでひどかったのか…すまない」
「いいんだよグレイグ。もう、過去のことだから」
我が部隊の新人だってもう少しいい装備品を持つのに…勇者がなべのフタなど…と何やらショックを受けた様子のグレイグに、勇者がほんとに大丈夫だって! と重ねて弁明していた。最終的にこの子がいいって言ってるんだからうじうじしないの! とマルティナとシルビアに叱られていた。
ずいぶん仲間は増えて、持ち物は重くなり、思い出は重ねられていったものだとふと思う。カミュが渡したフードの下で不安げにしていた瞳は、もうないのだ。くたびれたステテコパンツとは反比例するように強くなっていった。
「こんな立派になってなあ…」
「おかんみたいになってるわよ、あんた」
「うるせえ」
小さく漏らした言葉を聞き逃さなかったらしいベロニカが呆れたように笑っていて、その隣でセーニャも微笑んでいて、まあいいか、とカミュは道具整理を続けた。
お題:ステテコパンツ
181223発行短編集書き下ろしWEB再録
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