胸に残る一番星 | ナノ

  あまくつめたい


 一行は命の大樹への手がかりとして虹色の枝なるものを求め、サマディー王国へ訪れた。デルカダールともホムラともまた違う活気、人の多さ、肌で感じる異文化に、ドキドキする…ことは今のイレブンにはできなかった。珍しく後ろを歩くカミュの具合が見るからに悪そうで、その足取りは重く、ふうふうと大きく呼吸しながらしとどに流れる額の汗を拭っているのだ。心配しないわけがない。

「カミュ、大丈夫?」
「…ああ、へーきだ」

 というやり取りを先ほどから繰り返している。絶対平気じゃない。小言を言っていたベロニカもだんだん心配そうに「ちょっとあんた大丈夫なの?」と声をかけているぐらいだ。セーニャがひとまず宿を取りませんか? と提案し、同意したイレブンは駆け足で宿屋を探した。


 人が多いから逆に目立たないかもしれないが、気をつけろよ。スリとかにもな。あと客引きも多いだろうが変なものは買わないようにな。やばいと思ったらとりあえず逃げろ。完全に暗くなる前には戻ってきた方がいい。
 ベッドの上でぐったりしながらアドバイスするその人にイレブンは、心配半分、子ども扱いしないでほしいという気持ち半分、しかしカミュがいなくてもちゃんとやれるかと言われたらまだ不安になる自分もいるため反抗はできず、怒りのようなものはぐっと堪えて、カミュをむりやり休ませた。


 それから宿を出て、三人だけでこれからの行動について話し合う。

「イレブンさま、先ほどお姉さまとお話したのですが、少し周囲を見回ってきてもいいでしょうか? 前に来たときよりも賑わっているようなので…」
「あ、うん。じゃあ僕は…どうぐやに行こうかな。カミュも言ってたけど、日が暮れる前には戻ろうね」
「そうね。…イレブン、あいつが心配なのはわかるけど、あんたまで倒れたら余計に困るわよ。あたしたちは今、あたしたちに出来ることをするの。いい?」
「…うん、わかってる」

 そう言うベロニカも、砂漠での道中はつらそうだったが、今は元気を取り戻したようだった。それはいいことだが、まるで反比例するように体調が優れない様子のカミュを置いてきたので、イレブンは暗い顔が抜け切れない。セーニャが励ますように両こぶしを握った。

「イレブンさま、私たち、カミュさまの分まで皆さまからしっかりお話聞いてきますね!」
「…うん、お願いね」

 何だか、女の子たちの方が自分よりも逞しい。あいまいに頷いて、二人とはそこで別れた。
 
 
 さて何とか頭を切り替えて、どうぐやでやくそうや携帯食料などを調達しつつ、武器防具屋ではこれ鍛冶で作れないかな…と考えつつ、商店を見回りながらイレブンはあるものを探していた。さすがに通りのお店にはないようで、聞きこみをしたところ、情報を得たのでその店へ向かう。そこでいいものを買えたはいいが、この気温だと危ないかもしれない。どうしよう。

「あ〜もう夕方だってのにあっついわね。おじさーん、ふたつちょうだい」
「お姉さま、いろんな味がありますわ! …あら、イレブンさま?」
「あっ二人とも! ちょうどいいところに…!」
「「え?」」

 どうこれを持ち帰ろうか右往左往していたら、何ともタイミングよく姉妹が店の扉を開いた。恐らくイレブンと同じ噂を聞きつけたのだろう。

「ベロニカごめん! ちょっとお願いしていい!?」


 なるべく急いで宿屋へ戻り、部屋へ向かう。寝ているかと思ったが、ドアをノックしたら小さな声が返ってきた。入って様子を見れば、ダルそうではあるが先ほどよりはマシといったところだろうか。

「おう、けっこう早かったな」
「うん。これをカミュにあげたくて」
「…何だこれ」

 ベッドに腰掛けたイレブンが差し出した透明なカップを、怪訝そうにしながらも受け取ってくれた。開けてみてよ、と促せば素直にフタを開け、冷気を帯びた水色の中身にカミュはますます不思議そうにしている。イレブンは悪戯が成功したような笑みを浮かべて説明し始めた。

「氷菓子だよ」
「氷菓子…?」
「カミュ、さっき食欲ないって言ってたけど、これならどうかなって」

 何か口に出来そうな、暑さも和らぐような冷たいものがないか探していたら見つけたものだった。甘いシロップと果物と牛乳を凍らせて砕いた氷菓子は、この国で大変人気の代物らしい。しかし店長の氷魔法はそう強くないそうで、購入後すぐに食べないと溶けてしまう。さてどうしたものかといったときに我らがパーティーの小さな魔法使いがお店にやってきたので、これを冷やして欲しいと頼んだのだ。

「考えなしで買っちゃったから焦ったけど、ほんと助かったよ…」
 持ち運ぶのには多少苦労したが、まだ溶けていないのを見るとさすがはベロニカのチカラの強さを感じる。

「ね、食べてみてよ」
「……ありがとな」

 一口、二口、スプーンで削るように食べ始めるカミュに、イレブンは少し驚く。こんなことわざわざしなくてもいい、と言われる覚悟を実はしていたのに。いつもイレブンの気持ちを、おいそれとは受け取ってくれない人だから。いや嬉しいけれども、逆に遠慮するほどの気力も今のカミュにはないんだろうかとまた心配になる。

「…これ、いけるな。うまい」
「ほんと!? 良かったあ…。味がたくさんあったけど、カミュはどれがいいかわからなかったんだよね」
「食べたことねえから、オレがいたとしてもわからなかっただろうけどな…」
「そっか…。それはソーダ味って言うらしいんだけど、涼しそうだし、カミュみたいだなって思ってそれにしたよ」
「何だそれ」

 ふ、っと笑われてしまったが、自分の直感に従ってよかったとイレブンは内心安堵する。カミュが少しでも元気になってくれたらと、それだけが目的だったから。

「あとベロニカには赤いの、セーニャには緑色のを買ってあげたけど、何て味の名前だったかなあ」
「ていうか、お前のはないのか」
「…あっ、忘れちゃった」

 美味しそうだとは思ったが、自分で食べるという選択肢が浮かんでこなかった。姉妹が頼んだ分の料金を払うのが精いっぱいで、あとはここまで走って来たので。カミュはしょうがねえなあ、と掬ったスプーンをイレブンの口元に差し出した。流れるように口を開くと、冷たい感触と、甘い味が舌の上で広がる。

「どうだ?」
「おいしい」
「そりゃよかった」

 もっと食うか? とまたスプーンを差し出されたが、次は断った。自分が食べては意味がない。というかこんなときぐらい自分本位になってほしい。カミュらしいけれども、そこが好きなところではあるけれども。イレブンは膝の上でこぶしを握り締める。

「あのね、ベロニカもセーニャも申し訳なく思ったって」
「…ん?」
「カミュが一番、暑いの苦手なのに」

 一人だけ先に宿で休むのを渋っていたカミュに、オレは暑いの苦手なだけだから気にしなくていいんだ、と零されて初めて気づいた。ホムラではそれほどでもなかったのに、ここに来て彼が急に具合を悪くしたのは、急ではなくずっと我慢していたからではないか。自分たちよりも体力が少ない彼女たちを気遣い、無理していたのではないか。気づかなかったことが、悔しくてならなかった。

「僕も、面倒見てもらってるなって改めて思ったから、反省してる」
 だから、苦しいときは言ってほしいけど、君は言わないだろうから、僕が気づけるように頑張るね。
 本当は、頼ってくれたら嬉しいし、そんな気負わずとも助けられたらもっといい。カミュが何度だってイレブンにそうしてきたように。

「…カミュ?」
 イレブンのことばを聞いているのか聞いていないのか、カミュはまるで信じられないようなものを見たように目を見開かせ、瞬きを繰り返している。それから顔を歪め、視線を逸らした。

「お前は…ほんとさ…」
「え? 何?」
「…何でもねえ」
「…カミュのいう何でもないは、何でもなくないでしょ! 僕それくらいはわかってきたんだからね!」
「いや……ほんと……まいったな……」

 カップを掴んだまま、抱えた両ひざに顔を埋めるカミュの声は消え入りそうで、イレブンは躍起になって伺おうとするも、結局はできなかった。

「カミュ、また気分悪い? セーニャを呼んでこようか?」
「…大丈夫だ。ほんとだからな。ちょっとまた、寝かせてくれ…」
「…わ、わかった」

 眠りを妨げたくはないので部屋をあとにする。手元に残った食べかけの氷菓子。あとはお前が食べな、…ありがとな、イレブン。そう言われたものの、すっきりしない。何かだめだったかな。どんな方法がいいのかな。どうしたらもっと、君を。

「何ドアの前に突っ立ってるのイレブン。ってうわ、あんたそれ溶けちゃってるじゃない…」
 とベロニカに声をかけられるまで、思考に沈んでしまっていた。




190129

Clap

←Prev NEXT→
top


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -