胸に残る一番星 | ナノ

  鍋よりも熱く


「よお、順調か?」

 今日は晩ご飯は僕が作るから皆は休んでて、と我らが勇者さまが宣言してから約一時間。いつもならば作業は分担して行うが、今夜は一人でやると言うのだ。手伝おうとするも断られ、しかし勇者一人にさせるというのも落ち着かず、カミュは短剣を手入れしながらチラチラと盗み見していた。他の仲間はというとセーニャやロウは焚き火の明かりをもとに本を読み、グレイグは素振りをし、シルビアとマルティナは美容トークに花を咲かせている。つまり勇者を無駄に気にしているのは自分だけだ。あんたそんなに気になるなら行ってこればいいじゃない、とベロニカに笑われてしまって面映ゆい。そうして結局おたまで鍋の中をかき混ぜている勇者の横へと向かったのだった。

「…カミュ」
「お、いい匂いするな。これ何だ?」

 何を作るとは聞いておらず見てもよくわからないので何気なく聞いた。本当に何気なかった。

「何だと思う?」
「…いや、わからねえから聞いてるんだが」
「僕にもわからないよ!カミュのせいで!」
「…はあっ!?」

 だから突然キレられても困惑することしか出来なかった。普段おっとりした勇者さまは、時折り自分の前でただの少年の顔を見せる。嫌ではないしむしろ嬉しい、とは思えどさすがにこれは対応に困る。

「…な、何でオレのせいなんだ…」
「……」

 勇者はおたまから手を離し、腰に提げているカバンから少しくしゃくしゃになった紙を取り出した。それを手渡されたのでそっと広げる。インクがにじんだ汚い文字は自分のものだ。

「…?これ、今朝おまえが書けって言ったやつか…?」
「そうだよ」

思い出すまでもない今朝のこと。泊まっていた宿屋の食堂で今日は何をするかの作戦会議を終えた勇者は、仲間たちに紙を差し出し、これに好きな食べ物を書いて欲しいと突然言ってきたのだった。今さらかもしれないけど知りたくて、と少しはにかむ様子に意を唱えるものなどいなかったし、理由も深くは突っ込まずにいた。そして適当に書いて渡したそれのことをすっかり忘れていたカミュだ。

「他の皆はわかりやすかったのにカミュのは何!?ざっくりしすぎてるよ!」
「わ、悪い……」

 まさか怒られるとは思ってもなかった。そもそも何で怒っているのかもよくわからないが、ぷうと子どもみたいに頬を膨らます勇者さまがかわいい、いや兄心をくすぐられてしまって素直に謝ってしまった。

「煮込み料理っていうのも幅広いのに、ワイルドな、なんて形容詞つけられたら僕どうすればいいかわからなかったよ!」
「お、おう…」
「まあ、作ってみたけどね」
「…え?」

 ぷんすかから一転、にっと笑った勇者はおたまから具材をすくい上げた。ゴロゴロと大きな肉とざっくり切られた野菜が浮かんでいる。

「とりあえず大きく切って、あと調味料も目分量で入れたりしたけど…これでワイルドになったかなあ」
 などとのたまう勇者さまにカミュは呆気にとられた。

「いやいや待て待て、おまえ、まさか自作するために今朝聞いてきたのか?」
「?うん」

 曰く、邪神を倒すべく鍛錬する日々のなか、少しでも皆の癒やしになるものはないかと考え、せめて各々の好きなものを食べさせてあげたい!という結論に至ったらしい。

「明日はソルティコの海鮮料理、次はダーハルーネのスイーツ、その間にユグノアサンドイッチの作り方をマルティナから教わって、あと辛い料理やきのこ料理がおいしいとこも探さなきゃ」

 皆喜んでくれるといいな、と何てことはないようにこの勇者さまは言う。カミュの好きなものだって、もっと具体性があれば調べられたのに、わからないから作ってみるしかなかったんだよ、と困ったように笑う。カミュは、何て返せばいいものか、言葉に詰まった。最終決戦のために一番頑張っているのも疲れているのもこいつ自身だろうに、彼は仲間のことを思いやっているのだった。それに単純に言えば感動した。

「おまえ…おまえなあ〜〜」
「わっ…な、なに?カミュ」

 勇者の肩に手を回しながらその頭をぐりぐりと撫でる。労うように、慈しむように。

「そうやってオレたちのこと考えてくれるのは嬉しいけどよ、自分のことも考えろよな」
「僕のこと?」
「好物とか、食べたいものとか」
「うーん……母さんのシチュー?」
「イシの村に行くか?」
「…ううん。全部が終わってからでいいや」

 今は、カミュと、皆と一緒にご飯を食べられたら何よりだよ。またそんなこと言うのだからたまらない。自分たちだって、単純な好物以上のものがこの焚き火を囲む空間にあるのをこの勇者さまは知らないのだろうか。

「それよりさ、カミュ。これ失敗しても食べてね」
 はい、とグツグツ煮込まれたそれがたっぷり入った皿を渡された。

「…まあ、有り難く食べさせてもらうぜ。ところで、別にオレのが一番手でなくても良かったんじゃないか」
 一番最後でも、何なら気にしないままスルーしてくれても良かったのに。

「うーん」
「何だよ」
「カミュはさ、僕をいい勇者だと思ってるかもしれないけど、たぶんそうでもないよ」
「何だそりゃ」
「だって」

 君の好きなものを知った瞬間から、何としてでも絶対これをカミュにたらふく食べさせてあげるんだ!ってことしか考えられなくなったもん。
 だからどんなものかわからずとも誰より何より最優先してしまったとかく勇者は語る。相棒としてはたしなめなくてはいけなかったかもしれない。しかし目の前の鍋よりも熱く沸騰した頭ではやはり何も返せなくなったカミュだった。




お題「好きなもの」
171210

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