胸に残る一番星 | ナノ

  Dreaming!


「なあ兄貴、ゆめかわいいって知ってるか?」
「…何だそれ」

 久しぶりに帰省したマヤが、学校から出された宿題に飽きた様子でペンをくるくる回しながら問いかけてきた。『ゆめかわいい』。…カミュにはあまりにも聞き覚えがない単語だ。

「ゆめみたいにかわいい、って今ガッコーで流行ってるんだよ」
「メダ女でか?」
「おう」

 カミュが入れたココアにふうふうと息を吐きながらマヤが言う。それなら生徒でもなければ女でもないカミュが知る由もない。興味もない、がカミュと同じくそうであろうこの妹が、この話題を出してきたのは気にかかった。

「それで、何かあったのか?」
「…別に。おれにはよくわかんなかったけど…色々、クラスのやつに教えてもらったりして…そういうのは、楽しいなって思っただけだよ」

 それだけ、と言って再び宿題に目を落とすマヤに、カミュは少し、泣きそうになってしまった。
 学校は楽しいか、ちゃんとやってるか、周りに迷惑かけてないか。つい尋問気味の兄に対し、「何とか」「まあな」「うぜえぞ兄貴! 心配しすぎなんだよ!」などなど、あまり話してくれない妹だ。そんなマヤが、学校で流行ってるものを教えてくれた。見知らぬ文化を、クラスメイトに教えてもらうのも楽しいものだと、ぶっきらぼうに伝えてきた。何気ないことかもしれないが、今までたった二人で生きてきたのだ。妹の交友と世界の広がりを、カミュはひたすら嬉しく思った。
 まだまだ手がかかり、とても夢のように≠ネどという形容詞は使えなくても、カミュにとってはこの世でいちばんかわいく、大切な宝物の一つだ。もう一つある。マヤだけではない、カミュにも大きく訪れた変化。

 名前を呼ぶ声とノックが聞こえたので、ドアを開けに行く。

「カミュ!」
「ようイレブン。寒くなかったか?」
「平気だよ。それよりお土産冷めちゃう!」
「はは、ありがとな。ほら、早く入りな」

 鼻の頭を赤くしたイレブンを招き入れる。今日はマヤが帰ってくるからお前も来ないか、と誘ったらわざわざ飛んできたようだ。狭い部屋が、いちだんとあたたかくなったような気がする。

「マヤちゃん、久しぶり」
「おっイレブン、何かうまい土産持ってきたか?」
「うん! ホムラの肉まんだよ」
「……まんじゅうか? ビッミョーだな……いてっ」
「こらマヤ、せっかくイレブンが買ってきてくれたってのにお前は…」

 イレブンが袋から取り出したものは、湯気立ったまんじゅうだった。期待にそぐわなかった、と表情に出すだけではなく言葉にもする失礼な妹の頭を軽くはたいた。それだけ気安くなった証しでもあるかもしれないが。

「はは…大丈夫だよ、カミュ。これ、すごくおいしかったからきっと気に入ると思う」

 ちっとも気にしてない様子のイレブンは、にこにこしながらそれを差し出す。まだ熱いから気を付けてね。そう言われて恐る恐る口にしたマヤの表情が明るくなる。

「…うまい」
「へへ、よかった。ほら、カミュも食べてよ」
「…ん、ありがとな、イレブン」

 どこで買ったんだって? ホムラの里というところだよ。あああそこらへんは熱いからって兄貴が近寄らかなかったなあ…。温泉もあるから今度三人で行こうか。まっ行ってやってもいいぜ。

 肉まんとやらを頬張るカミュの目の前で、そんな会話が繰り広げられている。当たり前のように、ごく普通のように。宝物が二つ、かわいいとは少し違うけれど、ゆめのような光景を、カミュは肉まんとともに噛み締めた。





お題「ゆめかわいい」
181223発行短編集書き下ろしWEB再録

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