胸に残る一番星 | ナノ

  胃袋を掴まれた兄妹の話


「あっマヤお前、オレのシチュー食べたな」
「はあ〜?兄貴だけのモンじゃねえだろ」

 そもそももう量なかったし、と口を尖らせる。それはわかっているが、残り少ないからこそ食べたかったのに。がくりと肩を落とすと、マヤは読んでいた雑誌を閉じてこちらに目を向けた。

「またイレブンに作ってもらえばいいだろ」
「まあそうだけどよ」

 いやそれもいいのか?という疑問や遠慮は当の昔に消えてしまっていた。そんな昔の話でもないけれど。兄妹揃ってあの少年に胃袋掴まされたのはいつからだろうか。気づけば自分たちの生活に入り込んでいる彼が、当然のようにいなかった頃が遠い昔のようにカミュは思えてしまうのだ。


 カミュの年下の友人、名はイレブンと言う。さらさらの栗色ヘアーに端正な顔立ち、柔らかな物腰はどこぞの王子様然としているが、実際は純朴な田舎育ちの少年だ。進学のため一人都会に出てきたはいいが、そのスキをつかれそこらのゴロツキに捕まっていた。それを見かねたオレが助けたのがきっかけだった。理由なんて何となくだ。小さいころ可愛がっていた野良犬の目に似ていたのもあったかもしれない。

 ここらへんはそんなに治安が良くないんだ。お前みたいやつ、すぐ食い物にされちまうぜ。
 だからもう近寄らない方がいい、とアドバイスまでして帰ろうとしたら、強い力で手を握られた。えらく感動したような顔でお礼がしたいです、なんて言われて。構わないと言うのにさせてください、とあまりにまっすぐな瞳を向けられ、無下にできなかったカミュだ。
 しかし見返りを求めて助けたわけでもないし、こんなキレイな顔立ちの(恐らく)自分より年下の少年に、何を要求していいものか。やっぱりいいと、返そうとしたところで腹が鳴った。そういえば今日は仕事が早く終わったので、テスト勉強のため遅くなるといった妹のためにこれから夕飯を作るところだったのだ。その旨を少年に告げると、

「じ、じゃあ、僕が何か作るというのは…どうでしょうか…」
「…マジか」

 その発想はなかったが、あれよこれよと押し切られて我が家まで来てしまった。その押しの強さがあって何であんなやつらに絡まれてたんだかわからない。
 カミュが先ほど買ってきたスーパーの袋の中と、侘しい冷蔵庫の中から献立を判断したのか、シチューでいいですか、と言われた。そもそもマジで作るのか、と聞くと意気揚々と頷かれて根負けした。
 妹と2人だけで暮らし始めてから誰も入ったことのないアパートの一室に、知り合ったばかりの男が台所で包丁を手に取っている。ふしぎと不快感はない、どころか妙にしっくりきちまうのは何でだ。

「つーかお前、料理なんて出来るのか?」
「お母さんの手伝いはしていました…から、こう見えて、得意だよ」

 敬語なんて痒くなるからいい、と先ほど言ったからかぎこちなく言葉が紡がれる。妙なあざがある大きな手が器用に動き、座ってていいと言われても気になるもので、つい横でその鮮やかな手つきに見とれていた。
 出来上がったそれ、曰くお袋さん直伝のシチューのうまさと言ったら、味見しただけでも衝撃的だった。満足そうに帰っていった少年と入れ違いになったマヤも絶賛するほどだ。

 それからイレブンはちょくちょく遊びに、兼、ごはんを作りに来ている。その味にオレたちはすっかり魅了されていた。いや、味だけではない。あいつが作るシチューのように柔らかくあたたかな雰囲気に、じっくりと溶かされていくこと数ヶ月。
 妹のマヤは、警戒心が強い。突っかかってくる相手には物怖じしないが、親切にしてくる相手にはどうしたらいいかわからないのだ。だから最初はイレブンに対しても懐疑的だった。おれたちに構っても何のメリットもないのに何でだ、と睨みつけていた視線も強情な態度も、しかし次第に解かれていった。今ではたまに勉強を教えてもらっている。さすが進学校に通うだけの頭脳があり、学校のセンコーよりよっぽどわかりやすい、らしい。それが微笑ましく、また兄としては有り難かった。自分は義務教育を終えすぐに働きだしたが、妹だけは将来恥ずかしくならないように励んで欲しかったからだ。

 とっくにあのときカミュがしたこと以上のものを返してもらっていた。それなのにまだまだ惜しみなくイレブンは与えてこようとする。その理由もわからぬままもらったものにいっぱいいっぱいになること更に数ヶ月。

 いつか僕の故郷の村にカミュとマヤちゃんを連れていきたいな。母さんの作る料理は、僕よりももっとおいしいんだよ。
 いつだかにそう言った彼に、兄妹揃ってマジか!と言ってしまった。それから語られる彼の家族、村の人たち、故郷の風景をお伽噺のように聞いていた。自分たちにはないものを当たり前のように持っていることに対して、反感や劣等感も抱かないのはイレブンの人徳のなせるわざだろうか。羨ましいとか妬ましいとかではなく、こんな風に彼を育て村から送り出してくれたらしい人たちに感謝したいぐらいだった。そう思えるぐらいにオレたちは、……オレは、イレブンに参っていたのだ。


「次はいつ来るかな、イレブンのやつ」
「まああいつも学生だしな…」

 何かと忙しいだろうし、ここに来てる暇があるなら勉強すべきだろう。なんて物分かりのいいフリをしながらケータイを手に取ると、まるでタイミングを図ったように着信音が鳴った。

「あ、カミュ?久しぶり。最近色々重なっててそっちに行けなかったけど…来ても、いいかな」
「…おう、もちろん。マヤも会いたがってるぜ」
 とそこで会話を盗み聞いていたマヤがすぐ横に駆け寄って割り込んできた。

「なーに言ってんだよ、イレブンが来なくて寂しがってたのは兄貴の方だろ!」
「な、な!?」
「え、え!?」

 にしし、おれは知ってるんだからな!
 常であればこの世の何より大切な妹の輝く笑顔が、こんなに憎らしく思えたこともない。指摘されたことに頬が熱くなっているのはつまりそういうことだった。
 耳元で、自分と同じく焦ったような、熱を帯びた声が聞こえる。

「カミュ!僕今すぐ向かうからね!!」
「お、おう…」

 嬉しい、真っ先に浮かんでしまったものは、もう仕方ない。仕方ないのだ。にやにや笑う妹にでこぴんして、切られたケータイをテーブルに起き、カミュはこの部屋のドアがノックされるときを待った。



お題「現パロ」
171022

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