君を彩る世界
「うわあ……」
「すごいね……」
眼前にそびえるは煌びやかなツリー。花やきのみ、それから道具なども飾られて、首には花輪がかけられ、頂には大きな星が乗っている。トウヤはもちろん、トウコやチェレン、ベルとアイリス、それから――Nも、目を奪われたように、呆けていた。
ブレイク団との事件を何とかおさめたあとのこと。やっと顔を合わせることが出来たNと、まだまだ積もる話もあるのだが、ひとまずお腹空いたから何か食べに行こうよお! とベルに提案された。そういえば、アジトに閉じ込められてから何も口にしていなかったことを思い出した。自分たちはともかく、頑張ってくれたバディたちを労いたい、という気持ちは皆おなじだった。
……それから場所を移動し、どこか食べるところを探していたら、何やら広場へ大勢の人とポケモンが集まっていくのが目に入った。好奇心で覗いてみれば、そこには巨大なツリーがあったというわけだ。
「すごいすごーい! ねえベルおねーちゃん、もっと近くまで見に行こうよ!」
「うん! トウコも行こう!」
「ええっあたしも?」
「あ、ちょ、ベル! アイリス! トウコまで、こんなところで離れたらはぐれてしま、……ああもう。トウヤたちはそこにいて、ぼくは三人を連れ戻してくるから!」
「あ、うん! 気をつけて!」
空腹も忘れて人混みに紛れていく女性陣を追いかけるチェレンの背中を、苦笑いしながらトウヤは見送る。
「さすがチェレンだなあ……」
「ボクももう少し近くで見てみたいが……人が多いね」
「そうだね……」
そうしてはたと状況に気づく。図らずも――先ほどの砂浜では図ってくれたのだろうが今は違うだろう――Nと、二人きりだ。だからって今更、緊張することもない、……はずだけど。
ちらりと隣を見れば、ツリーに見とれたNがほう、と息を吐き出していて、ドキリとする。
高揚してるNなんて何度も見てきたけれど、あの頃とは決定的に違う。どこか張り詰めたような雰囲気も、高みから見下ろすような眼差しも、一方的に語り倒すこともなく。
「ねえトウヤ、綺麗だね」
こちらを見て微笑みを浮かべる顔も声も、なんてやわらかいのだろう。
久しぶりに会えたともだちのその変化は、とても喜ばしいものなのに、嬉しくてしょうがないのに、胸がぎゅうと胸が締めつけられる。――どこか知らない人のようでさみしい、なんて、必死に彼を探してたときと比べたらなんとも贅沢な感傷だ。
「うん……ほんとに」
誤魔化すように帽子をかぶり直して、再び前を見やる。周囲の喧騒も笑顔も止むことがなくて、あのツリーがどれだけたくさんの人とポケモンたちを明るく照らしているか、一目瞭然だ。
「でもちょっと意外……かも」
「? 何がだい?」
「Nが熱心に見てるからさ。ああいうのも好きなのかなって」
「だって、美しいじゃないか」
「それはそうなんだけど」
「あれはとても計算し尽くされているものだよ」
「……ん?」
なんて? と聞き返すためにまたNを見れば、腕を組みながらしみじみと感心していた。曰く、飾りの大きさから角度、数や重さも考えて、どこにどう配置すればいいか完璧に練られている。でなければあんな大きなツリーを美しく飾れないだろう、と。急に早口で語り出すNに、驚くと同時にトウヤは思わず噴き出してしまった。今度は何だか懐かしい感覚におそわれて。ああ何だ、全部が全部変わったわけではないんだ、なんて、そんな当たり前のことがおかしくて、笑ってしまう。
「……どうしたの」
「……いや、ごめん、何でもないよ。確かに誰が作ったんだろうね、あんなすごいの」
「うん、それなんだが、ツリーの上部はヒトの手が届く高さではないのを見ると、恐らくはポケモンたちと協力して作ったのだろうね」
「ああー……言われてみれば、そうだろうね」
「このツリーも、きっとパシオを表すもののひとつだ」
だから美しいのだろう、とNが言う。彩られた数式がこんなところにも、この島にも、世界の至るところにあるのだと、嬉しそうに目を細める。
ああ、きみの目に映る世界は、いまはそんな風に煌めいているのか。
「ねえ、N」
「うん?」
「……ぼくはいま、きみとこの景色が見られて嬉しい、よ」
「……うん、ボクもだ」
Nとやっと再会できて、色んな感情が込み上げてきて、ほんとはちっとも冷静でなくて、もっともっとたくさんきみと話したいし、知りたいと思う。だけど焦る必要なんかもうないんだ。これから時間はいっぱいあるのだから、とにかく今は、この瞬間を共有できた喜びを、共に噛みしめようか。
ありがとうポケマス…それしか言う言葉が見つからない…………
201226
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