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  うららか草原にて


 ぐつぐつとスパイシーないいにおいが辺りを漂っている。トウヤが慎重な手つきでぱたぱた火を煽ぎ、ぐるぐると鍋の中身をかき混ぜて、野菜ごろごろ、りんごもひとつ、それだけでも味見すれば十分においしかった。しかしこの地方――ガラル式のカレーは、ここにきのみも入れるらしい。

 ダイケンキやムーランドたちが鍋の周りに寄ってきて、くんくん嗅ぎながらキラキラした目を向けてくるものだからトウヤは苦笑する。ごめんね、まだ出来上がりじゃないよ。ボクはきのみを取ってこようと言って、小一時間ほど帰ってこないひとがいるのだから仕方ない。

「N、どこまで行ったのかなあ……」
 おおかた野生のポケモンたちと話し込んでるのだろうなあ。


 ここ、ガラル地方の特色の一つであるワイルドエリアは、あまり人の手が加わっていない、水も緑も豊かな自然そのままだ。そしてそこにはさまざまな種類のポケモンがたくさん生息している。どこの地方でも見かけなかったこの未知のエリアに、トウヤはもちろんだが何よりNが、それはそれはもう興味津々で意気揚々なのだ。

 オタマロやパニプッチといった馴染みがある顔を見かければ、故郷から遠く離れたこの地方にもいるのかと何だか嬉しいような、懐かしいような気持ちになる。逆に、よく知っているはずのポケモンが、この地方ではまったく異なるすがたをしているのにはふたりして驚いた。

 例えば洞窟で出会ったガラルのマッギョは、どうやらじめんにはがねタイプを兼ねているようで、危うく鋼鉄の牙でかみつかれそうになったのだ。咄嗟にNに助けてもらったからよかったが、けっこうにビビった。思い出すだけでもひやっとするのに、『危なかったねトウヤ、その子を踏んでしまうところだった』『……え、そこ?』なんて会話に脱力したのがつい数日前の話だ。

 ともかく、天候や持っている道具によってすがたを変えるポケモンはいるが、生息している地方によってここまで大きく変わるのはどういうワケあってか。地理の影響がどこまで及ぼしているのか。Nはたいへん興味がそそられたようで生き生きしている。

 それはもうちっとも構わないし、トウヤだって気になるからいいのだけれど、いかんせんこのワイルドエリアの天候は不安定なのだ。いまここが晴れていても、Nがいる場所では雨やあられが降っているかもわからない。雨宿りなんてしないひとだから、どこかで濡れていないか心配になる。せめてこのカレーが煮え切るまでには帰ってきてほしいな、と思っていたら名前を呼ぶ声が聞こえた。

「トウヤ!」
「N! おかえ、……うわあ」

 振り返れば待ち望んでいたその人がいた。きのみを大量に抱え込み、横には見知らぬポケモンたちをわらわらと引き連れて。

「すまない、交渉と運ぶのに時間がかかってしまった……」
「こ、交渉……? もしかして、この子たちと……?」
「ああ」

 曰く、あちらこちら回って実のなっている木を見つけては、揺らしたり登って取ろうとしたらしい。しかしそのきのみも、周囲のポケモンたちに掻っ攫われることが多かった、と。

「彼らの大事な食糧でもあるのだから、むりやり奪うつもりはなかったんだが……このままだと一つも持って帰ってこれなそうだったからね」
「あー……」

 らしいなあと思いながら話の続きを聞く。

「それでこの子たちに、このきのみをくれたらボクの友達がもっとおいしいものを作って振る舞おう、と約束したんだが……」
「……なるほど」
「いいかな? トウヤ」

 それ、僕がだめって言わないのわかってるくせに。

 Nと一緒に旅をしていればこんなことは割とよくあることなので別段驚きはしないが、ただ今この鍋の量だけで足りるかがわからない。ダイケンキたちだってお腹を空かせて待っているのだ。もちろんNが連れてきた、期待の目を向けてくるポケモンたちを無視することも出来ないけれど。

「足りないようならボクの分はなくても構わないよ」
「……いやいや、苦労してこんなにいっぱい集めてきてくれた君が食べないでどうするの」

 そこでハッとする。きのみとポケモンたちに気を取られていたが、N本人をよく見れば案の定濡れているし木の葉まみれだし、頬が汚れてるし手も傷ついてるし、でも本人は気にしてなさげだし、ああもう!

 とりあえずきのみは適当に置かせて、テント内から持ってきたブランケットでNをくるみ、たき火のそばに座らせた。それからNの手をきずぐすりで塗っている間に、気づけば野生のポケモンたち――名前は不明、頬袋もお腹もふっくらしていて尻尾が大きい――は、トウヤのポケモンたちと顔を合わせてわいわいしていた。今日も賑やかなキャンプ地になったなあ。

「よし、手当て終わり」
「ありがとう」
「んーん。僕こそ、きのみいっぱいありがとね、N。おいしいの作るから、君たちは待っててよ」
「量は足りそうなのかい」
「今から増やすからたぶん大丈夫」

 任せて、と言えばうん、と嬉しそうに頷かれた。その笑みにやる気が出ちゃう自分は、カレーにつられるポケモンたちよりきっと単純だった。



200319

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