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  チャームボイスを響かせて


「くーちゃん」
と少女が呼んだとき、それを聞いたNたちは思わず笑ってしまったのであった。


そういえばヒオウギシティには行ったことがなかったね、と唐突に言い出したのはNで、じゃあ行ってみようか、そうだ、メイちゃんにも会いに行こうよ、と返したのはトウヤだ。目的はあれど目的地はないこの旅は、行きたいときに行きたいところに行けるから素晴らしい。友達と一緒なら尚更だ。
とは言え、メイが今果たして彼女の故郷にいるのかもわからないので、ライブキャスターで連絡を取る。特に変わりない様子の後輩は、二つ返事で承諾してくれた。ついでに案内しましょうかという彼女の申し出に、むしろこちらからお願いしたのだった。
そして数日後に3人は再会を果たした。

「あれ?」
「どうしたんですか、トウヤさん」
「いや…てっきりキョウヘイもいるんだろうなと思ってたから…」
「…本当だ、いないね、珍しい」
「ああ、えっと、キョウヘイ君は今日おしごとで忙しいようなので」
「「仕事?」」
「はい。とても残念そうにしてました。それで、泣く泣くおふたりによろしくと」
「目に浮かぶようだね」
「そっか、じゃあ今日はよろしくね、メイちゃん」
「はい!」

案内と言ってもヒオウギはさほど広い町ではなく、目立った観光施設もない。だが十分楽しかった。山のすそ野に広がるこの町は空気がきれいで、住んでいるひとたちも穏やかだ(メイとの関係を勘ぐられたりしたが)。
町中をぐるりと回ったあとに、メイの馴染みの店らしいところで買った差し入れを持って、トレーナーズスクール兼ヒオウギジムを訪れた。これまた久しぶりに会った幼馴染は元気そうだったが、生徒たちの指導に忙しそうでゆっくり話す時間はとれそうになかった。のだが。
何故か生徒の一人がNに勝負をふっかけてきて、ちょっとした騒動になった。勝負といってもポケモンバトルではなく、バトルやポケモンに関する知識を問われるものだった。
「おまえこれ知ってるか?」
「ああそれはこういうことだね」
と難なく答えるNに火がついたらしい少年は思いつく限りの問題をあげる。Nはそれに応える。といった熱戦ぶりだが傍から見たら完全に子どもをおちょくる大人の図だ。もちろんNは真剣なんだろうが、それがいけない。

「うわあ」
「うわあ、じゃなくてちょっとあれ止めてよトウヤ」
「あっ、うん。N、N、そろそろ出よう」
「うん?ああ、わかった」
「おいおまえ勝ち逃げする気か!?」
「勝つも負けるもキミと勝負した覚えはないよ」
「〜〜〜ッッ」
「わーーーほらもう行こう!!メイちゃん!」
「は、はいっ」

Nの右腕をトウヤが、左腕をメイが引っ張り無理やり外へ出た。ごめんチェレン、と一応去り際に謝ったが、盛大にため息をつかれたので、また今度ちゃんと謝りに行こう。

それから落ち着くためにメイの家へ向かった。彼女の母親と、偶然訪れていたベルがあたたかく迎えてくれた。メイの母親は、娘とベルとそしてトウヤの母親から色々話を聞いていたらしく、あなたたちと会えて嬉しいわと顔を綻ばせている。僕たちも嬉しいです、と言いながらチェレンにあげそこねたお菓子を差し出すと彼女は喜んでくれたが、どうせならもっと土産らしい土産を買ってくるべきだったな、とトウヤはひそかに反省した。

「ねえねえトウヤ、旅はどう?」
「うん、楽しいよ」
「そっかあ、良かったねえ。あっメイちゃんこの前映画見たよお!すてきだった!」
「あっありがとうございます、ベルさん」
「今回はポケモンがいつもよりいっぱい出ていてすごかったねえ。Nも見に行ってみたら?」
「へえ…それは気になるな。どういう話なんだい?」
「それは見てのお楽しみだよ!ね、メイちゃん」
「そうですね」

初めて訪れる後輩の家、ということで少し緊張しているトウヤとNに構わずベルはマイペースに話を続けている。それにちょっと救われた気持ちで2人は紅茶を飲んでいた。

気付けば日が暮れ始めていた。メイの母親から、泊まっていきなさいという誘いを受けたが断りきれなかった。ベルは仕事に戻らなきゃ!と帰っていったが。
夕飯の前に、まだ行ってなかったところに行くことにした。メイに案内されてたどり着いたのは、北の方にあるヒオウギの名物、見晴台だ。ヒオウギシティを抱く山と19番道路が一望出来る。遠くを飛んでいるのはバルジーナの群れか。いい景色だった、とても。しばらく3人とも黙って景色を見ていたが、その沈黙をメイが破った。

「あの、トウヤさん、Nさん、ちょっとゼクロムを出してもいいですか?」
「え?」
「ゼクロムを?」
「今日、ずっと機会がなかったけれど、会いたがっていたみたいですから」
「そうか。もちろん構わないよ」
「僕もレシラムも出そうかな」
「じゃあ……くーちゃん。出ておいで」

2人は目を丸くする。メイがボールから出すは黒龍。そう、トウヤがほぼ同時に出した白龍と対をなす伝説のポケモンだ。その伝説を彼女は今何と呼んだだろうか。

「くーちゃん、あまり翼を広げると目立っちゃうよ」
…どうやら聞き間違いではなかったらしい。『くーちゃん』。かつて英雄とともにイッシュに君臨していたゼクロムが、現パートナーである少女からそんな風に呼ばれていることが、元パートナーであるNと片割れであるレシラムは大変ツボったようだ。

『またずいぶん可愛らしい名前をもらいましたね』
『うるさい笑うな』
「ふ……っ、いや、笑ってすまない、ゼクロム…ふふっ……」
『お前謝る気ないだろう!』

何やら言い合いをしているように見える2匹のドラゴンと、クスクス笑いが止まらない様子のNを見て、わたし何かおかしなこと言いました?と聞いてきたメイに、トウヤは苦笑いを返した。



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