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  Linkage


『ご懐妊おめでとう』

新着メールが一件。トウヤは宛先・送信元・内容を2度見したのち、返信せずにメール画面を閉じた。ライブキャスターから目を離して、隣にいるひとに声をかける。

「ねえN、さっき僕が飲み物買ってる間にトウコから電話あった?」
「ああ、あったよ。特に用はないが元気かと訊かれた」
「…それだけ?」
「あとは、近況報告をいくつか」
「そのお腹見せたりした?」
「そういえばこの子のことも話したよ」
「ああ…やっぱり…」
「それがどうかしたかい」
「…ううん、何でもない」

そう、と言ってNは再び視線を落とした。自分の膨らんだ腹部にだ。そうして紅茶の缶を持っていない方の手で、いとしそうに撫でる。
いくらこの光景が妙にしっくりくるからといってもNは男だ。妊娠なんて出来ない。そんなことはあのメールを送ってきたトウコにだってわかっているだろう。ただ自分をからかいたかっただけなのだ、あの姉は。まったく、事あるごとに弟をおちょくる悪癖をいい加減治して欲しい。
ため息はこらえて、トウヤはミックスオレを呷った。それからNの腹部に手を伸ばす。服越しに感じる熱に、少しだけおののいた。

「…いつ、生まれるかなあ」
「どうだろうね」


少し前、Nがメイという少女からポケモンのたまごをもらった。トウヤたちと同じくアララギ研究所からポケモンと図鑑をもらい、イッシュを旅しているその後輩は、Nとさまざまな関わりがあった。例えば彼女の手持ちの中に、Nの旧友であるゾロアがいる。そしてそのゾロア(現ゾロアーク)の子どもが、このたまごらしい。

「よければこの子をもらってくれませんか、Nさん」
「それは構わないけれど、…何故だい?」

Nの疑問に答えたのはメイの隣にいたキョウヘイという少年だった。

「そんなの決まってます、友好の証ですよ!」

メイの双子の兄であるところの彼は、にこにこと元気良くそう言った。メイはというと、少しはにかみながら頷き、たまごを差し出してきた。Nはトウヤと顔を見合わせ、…それからたまごを受け取った。

「ありがとう、二人とも。大切に育てるよ」
「良かったね、N」
「トウヤも協力してくれるかい」
「もちろん」

Nにつられてトウヤが微笑むと、その様子を見たキョウヘイが笑った。

「はは、何か夫婦に子どもが出来たときの会話みたいですね」
「っな、キョウヘイ、何言って…!」
「あ、子育ての秘訣は夫婦円満であることらしいですよ、トウヤ先輩。Nさんと仲良くしないとだめですよ〜」
「…何でそうなるの!?」

ばちんとウインクしながら告げたキョウヘイの言葉に頬を赤らめる。いつもこんな調子であるこのもう一人の後輩が、トウヤは少々苦手だった。
一方Nは、会話になってない会話を交わす先輩後輩を尻目に、メイと話していた。

「メイ、ゾロアの相手はどの子なんだい?」
「あ、それはですね…」
「先輩、照れなくていいのにー」
「だから違うって…!」


…あれから1ヶ月が経つが、たまごはまだ孵らなかった。それが今日…先ほど、たまごが急に震え始めた。産まれる予兆かもしれない。慌てて乗っていたレシラムに地上に降りるよう頼み、木陰に腰を据え、二人でドキドキしながら誕生を待った。しかし、残念なことにたまごの震えはしばらくして止まってしまった。
トウヤもNも今までたまごを孵化したことはなかったため、どうしたらいいものか知識が少なかった。そこでヒオウギシティのトレーナーズスクールの先生、もといトウヤの幼なじみに相談することにした。
曰く、ポケモンのたまごを早く孵化させたいのなら、手持ちに『ほのおのからだ』や『マグマのよろい』のとくせいをもったポケモンを加えるといいようだ。

『あとね、元気なポケモンと一緒にいなきゃダメなんだってね』
「そうなの?何で?」
『それはぼくにもわからないよ。ポケモンのたまごはまだまだ不明なことだらけなんだから。詳しいことはぼくよりアララギ博士に聞いた方がいいんじゃないか』
「あー・・・でも、Nが博士苦手だからなあ・・・」
『・・・仕方ないな。そうだ、ヒュウはたまごからミジュマルを孵したって言っていたな』
「ヒュウ、ってメイちゃんたちの友達だっけ。博士からもらったんじゃないんだ」
『そうらしいよ。たまごが産まれる前どんな様子だったか彼に聞いておいてあげようか?」
「うわ、ありがとチェレンせんせ。感謝」
『はいはい。産まれたら教えてくれよ』

チェレンからのアドバイスを受けて、トウヤはひとまず全部のボールからポケモンたちを出した。これで『一緒にいること』の条件は満たしたはずだ。もう一つのアドバイスの方だが、あいにく二人の手持ちに該当するポケモンはいなかった。炎と言ったらレシラムであるが、いかんせん彼の持つ激しい熱ではもしかしたらたまごを解かしてしまうのではないかと二人は危惧した。
ならばボクがあたためよう、とNが服の中にたまごを入れたのだった。
そして今に至る。


「今日はもう孵らないのだろうか…」
たまごは一向に震える様子を見せずにだんまりしていた。
「皆寝ちゃったしね……まあ、気長に待とうよ」

先ほどまで初めて見るたまごを物珍しそうにしてつんつんしたり撫でたり頬ずりしたりと好き放題していたトウヤのポケモンたちであったが、今日の昼に強豪トレーナーと一戦交えて疲れていたこともあって、今は皆で仲良くレシラムの翼にくるまって寝静まっている。この状態でも『元気なポケモンと一緒にいること』の条件はクリアしているのやら。まあ別段急いでいるわけでもないので気長に行こう、とトウヤは言った。

「そうだね…でも、早くこの子の声が聴きたいな」

Nはお腹のたまごを抱えながら一心に撫で続けている。ポケモンを、トモダチを撫でる優しい手つきと柔らかな微笑み。まだ産まれていなくてもすでにこの子はNにとって大切なトモダチのようだ。親愛を注ぐその様子は、どこか神聖に見える。トウヤは、ふと脳裏に母親の顔が浮かんだ。幼いころに自分と双子の姉を膝の上に抱き上げる母親の顔と、よく似ていて、だけど全然違うなとすぐに思い直した。だって母さんの微笑みはこんなにも胸を締め付けることはなかった。

ねえトウヤ、とNが呟く。

「なあに」
「不思議なんだ。あのゾロア…今はゾロアークか。昔ボクを助けてくれたあの子が今、メイの元にいる。そしてそのゾロアの子がここにいて、ボクはキミと共にこの子の誕生を待っている。不思議だ。……こんな未来は、2年前には見えていなかった」
「……」

ねえN、とトウヤは呟く。

「何だい」
「僕さ、メイちゃんが君にたまごをくれたとき、嬉しかったんだよね」
「…ボクは嬉しかったけど、何故キミも?」
「あ…違うかな。Nが、メイちゃんからたまごをもらったことが…かな」
「……?」

ますます怪訝な顔をされて、苦笑する。

かつてのNは、人間からポケモンを解放し、ポケモンだけの世界を作ることを夢としていた。ポケモンと人の関わりを真っ向から断絶しようとしていたのだ。トウヤはポケモンと引き離されるかもしれないことも、自分にイッシュの運命が任されていることも怖かったし不安でいっぱいだったが、頭の片隅でNが望む未来での彼自身のことも気になっていた。

―もしも夢が叶ったら、ポケモンを解放出来たら、そのあと君はどうするんだろう?

言っていることもやっていることもトウヤにとって理解が困難なNだったが、彼のポケモンに対するラブは本物だとわかっているつもりだ。だからこそポケモンがいない世界で彼はどう生きていくつもりなのか。生きていけるのか。
Nは、その覚悟をしていたのだろうか。なら、自分はそれに対峙出来る覚悟はあるかと自問すれば、正直、なかった。ただポケモンと一緒に旅を続けたかった、人とポケモンが織り成すこの世界を壊したくなかった、…Nと、友達になりたかった。信念なんて大層なものではない、しかし確かに胸に宿る強い想いを抱えてNの城に向かい、彼と戦ってそして勝った。かくしてイッシュは今までの生活を手放さないで済んだ。一人の青年の夢と引き換えに。

自分の行動が引き起こした結果が正しかったとは今でもトウヤは言い切れない。
だが、それでも。
Nが今こうして、旅先で出会った少女とポケモンを通してつながっていることが。
君が人と、ポケモンと、この世界とつながっていることが、僕は嬉しくてたまらないんだ、N。
だから。

―言葉は上手く紡げず、代わりにトウヤはそっとNの手に自分の手を重ねた。ずっとたまごに触れているからか、いつもは冷たいNの手が、たまごと同じように熱かった。生命の、熱さ。人とポケモンが育んだもの。僕が、僕らが選んだ道の先にあるもの。いま生きて共に在るよろこび。それを、君も感じているといいな。

「…トウヤの手、すごく熱いね」
「僕じゃなくてNが熱いんだよ」
「なら元を辿ればこのたまごが熱いということになるね。そしてその熱がボクに、そしてキミに伝導している。この子が発生したエネルギーがすでに他の誰かに影響している……まだ生きる前、産まれる前というのに。これも不思議なことだ」
「そういうとすごいね…。産まれてからだったら、もっと思いがけないとこで影響したりされたりするんだろうね」
「ああ。ボクはこの子がこの世界でどのように生きて、どのような生命の関わりを持つのか見守りたい」
「うん」
「…キミも。トウヤと、一緒に」
「…………え、あっ、…へっ!?」
「嫌かい?」
「い、嫌なわけないよ!!協力するって言ったじゃん!」
「そうか、良かった」
「…N」
「早く産まれないかな。待ち遠しいね」
「…のんびり待とうよ。一緒に、さ」
「…うん」

重ねた手と手はそのままに、二人は待ち続けた。
新しい命の誕生と、その出会いの瞬間を。




HappyBirthday Black2 and White2!!
140623

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