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  もう戻れないなら


瞬く星の下。深い深い森の奥にある小さなテント。
その前で燃えているたき火を囲むは少年少女。

彼らは姉弟だった。幼い頃はよく食べよく笑いよく喧嘩する、どこにでもいる普通の姉弟。だが彼らはいつしか、世界の運命を背負っていた。まだまだ成長途中の幼い身体では到底持ちきれないだろうという重いものを世界から持たされていたのだ。
しかし二人にとってそんなものはどうでも良かったことなど誰も知らない。魔王を倒すことも、自分たちを英雄と担ぐ人々を救うことも、世界を変えることも、全てが全て、どうでも良かった。…あの日、あのときから。
少女、少年の姉であるトウコは旅を始め、魔物を倒していき、体を限界まで鍛え上げ、そして明朝 魔王城に乗り込む予定の今もそれは変わらなかった。変わったのは、少年。少女の弟であるトウヤだ。

「トウヤ」
「何?」
「何を考えてるの」
「…」

周辺の魔物はほとんど倒したためか、火がばちばち燃える音しか聞こえない。そんな中で響く声は、少女という性別にも年にもとても似つかわしくない低音だった。

「まさか、今更怖じ気づいたんじゃないでしょうね」
「そんな訳ないだろ」
「じゃあ、何のことを」
「…アイツ」
「誰?」
「Nのことを」
「N」

どこまでも静かに問うトウコに、トウヤは小さく息を吐き出してから、ゆっくりとその名を口にした。途端、少女は顔を歪め、視線をより尖らせた。

「まだ、アイツのこと気にしてる訳?」
「…Nは、何も知らないで魔王に騙されている」
「そうね。でもそれが、何だって言うの」
「…」
「どうだって良いでしょ」

それはトウコの口癖だった。トウヤの口癖でもあった。そう、魔王・ゲーチスの子と自ら正体を暴露したNと名乗る青年と、出会う前までの。

あの男と出会って、弟は変わった。
揺れる炎から視線を動かさずに黙ってしまったトウヤの横顔を眺めながら、トウコは思う。変わった、とても。
こうして誰かのことを気に留めるなど以前からするとありえないことだ。本人は気付いていないが、あの男に対して何らかの感情が芽生えたのだろう。
トウヤの乾ききった心に芽生えたそれが、どんな感情なのかまではトウコにはわからない、と言うより理解出来なかった。ただそれが今、密やかにトウヤの胸の内で息づいていることだけ、知っている。

自分は変わらない。明日どうなろうと、魔王が死のうと、大地が消えようと、例え自分が逝くことになっても構わなかった。変わらない、冷めきった心。母が死んだあの日から、自分の心も死んだのだと思っていた、否、今も思っている。なのに、変わってしまったトウヤを見て感じるこの苛立ちは、焦燥感は、何なのだ。

…考えることは、止めよう。どうでも良い。全部、どうでも良い。そうだ、ばかばかしい。トウヤのことも、そして自分のこともどうでも良いではないか。

拳を握り、立ち上がる。

「…トウコ?」
「アンタがNのことをどう思おうと、アンタ達がどうなろうとあたしは知らない」
「…」
「ただ、――明日で全て終わらせるから」
「…トウコ、」
「…」

何か言いかけたトウヤを無視して、トウコはテントの中に入っていった。唇を噛みしめて、自分の内側から溢れだそうとする何かを必死に抑える。粗末な毛布に潜り目を閉じた瞬間、唐突に母の顔が思い浮かんだ。





『Boss Death(sm7255470)』という曲のパロ?です。
ママさんが死んで壊れちゃった二人。だけどトウヤくんはNさんに出会って変わったよ。
そんなトウヤくんを見てどうしようもなくなるトウコちゃん…を書きたかったんですけど上手くいきませんでした。
110226


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