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  轍


ライモンをぶらぶら2人で歩いていたら、サブウェイへの入り口に差し掛かった。ちょっとした思いつきで、今からカナワタウンに行かない?と僕が誘うと、Nは特に反対することなく了承してくれた。


ギアステーションへの長い階段を降りていると、先を行くNが不意に呟いた。

「カナワタウンか…あそこはいい街だよね」
「…え?N、知ってるの?」
「一度だけ行ったことがあるよ」
「えええっ!」

立ち止まって驚きの声を上げると、2つほど下の段にいるNが目を丸くして見上げてきた。

「…そんなに驚くことかい?」
「えーっと…」

驚くというか、ショックだったというか…。
カナワタウンはイッシュの西のはずれ、空を飛べるポケモンの力を借りても行けないような辺境の地にある。あの街に行くには、カナワ行きの電車に乗るしかない。Nは電車に乗ったことがなさそうだから誘ったら喜ぶかも、という思惑だったのに。まさか体験済みだったなんて…。

「トウヤ?」
「へ?」

気づけばNの顔が目の前にあった。いつの間にか少しだけ階段を登ったNが、僕の顔を下から覗き込んでいる。互いの帽子のつばが触れ合う距離。うっかり後ろにひっくり返りそうになった。

「行かないのかい?」
「あ……ごめん、行こう」

僕がそう言うと、Nはさっさと下へ降りていった。…マイペースなのはいいけど、急に顔を近づけるの止めて欲しいな、N。心臓に悪い。
さっきのショックはどこかへとんで、今度は別のことでぐるぐるしながら階段を駆け下りる。


ギアステに着いてから、Nはふらふらと路線図が貼られた看板に向かっていった。何となく予想はしてたので、僕はその間にキップを買いに行った。あ、もう時間じゃん。

「N、急がなきゃ」
楽しげに路線図を見ている彼の腕を引いて、電車の中へ。わりとすいていたから、適当なとこに座る。同時に発車ベルが鳴り、動き出した。ああカナワに行くのも…いや、電車に乗ること自体が久しぶりだな。
サブウェイの電車は移動手段ではなくポケモンバトルをするための施設であり、ここでのバトルが苦手な僕は足を運んだことが少なかった。
電車自体は好きというか、いいものだと思う。自分の足で歩く、自転車を漕ぐ、レシラムの背に乗る、の3つが僕の主な移動手段だから、こうして席に座って揺られてるだけで目的地に移動するというのは新鮮だし、便利だ。カナワタウン以外にも行けるようになったらいいのにな。

物思いに耽ってると、「あ、」という声が聞こえた。横を向くと、Nが微かに口を開けて上を見ている。

「…何かあった?」
「あれは…」

Nの視線の先を追うと、そこには吊り広告があった。どうやら映画の広告のようで、デカデカとタイトルと…見知った少女の写真が、大きく載っていた。
「…メイ、ちゃん?」
戦隊モノのようなスーツを着ていて、顔の半分が赤い仮面で覆われていたから気付かなかったけど…大きなおだんご2つ、あの特徴的な髪型は確かにメイちゃんだ。Nを通して知り合った女の子。

「そういえば、キョウヘイが言ってた気がする。メイちゃんは映画スターなんだって」

キョウヘイというのはメイちゃんの双子の兄だ。僕を先輩と呼ぶ彼には何故か懐かれている。
僕とトウコと違ってあっちは兄妹仲がいいらしく、彼はメイちゃんのことを色々話してくる。確かポケウッドの監督さんに目をつけられて、勢いに流されて出演した映画が大ヒットしたんだとか。続編も作られてるって言ってたけど、この広告のことなのかな?
「トウヤ先輩もNさんと一緒にぜひメイちゃんの勇姿を見に来てくださいね!」というキョウヘイの笑顔が音声付きで脳内再生されたところまでNに説明する。

「ふうん…メイが…」
「知らなかった?」
「彼女とそういう話をしたことはなかったな。映画というものも、見たことがないからね」
「あー…見に行ってみる?面白そうだし」

僕としては、メイちゃんよりも見知った顔がその隣にあって、さっきからずっと気になっている。
奇怪なスーツを着ているハチクさん。ジムリーダーを止めて俳優をやってるってことは聞いていたけど…ビックリした。
2年前、セッカシティのジムで戦ったときも、リュウラセンの塔で一緒にプラズマ団と戦ったときも、ハチクさんは常にクールでかっこよかった。今、広告の中でメイちゃんと対立するように並んで、ニヤリと悪い笑みを浮かべているハチクさんとはすごいギャップがある。映画、どんなものなのかな…。

「ポケモンも、出ているのか」
「…ん?ああ、みたいだね。出演ポケモンって書いてあるし」
「それなら見てみたいな」
「じゃあ、今度行こっか」
「うん」

Nと約束が一つ出来たことに、つい口元が緩む。映画はいつ行こうか、楽しみだな。ああでもあれが続編ならまずは1を見るのが先か…DVDとか出てるかな?
もっとちゃんとキョウヘイに聞いておけば良かった、と少し後悔する。Nが映画に興味持つとは思わなかったし、僕もあまり詳しくないからな…今度調べておこう。
ふと、まだ今日の予定も終わってないというのに、色々先走ってる自分が少し恥ずかしくなってきた。それを誤魔化すように、背もたれに思いきり体重をかけた。


窓の外はまだ地下から抜けてなくて真っ暗だ。到着はまだまだかな。
ふとNを見やると、何やら電車内を見回していた。

「N、また何か気になるものあったの?」
「いや、ただ見ていただけだよ。以前乗ったときは別のことに気をとられていたから、じっくり観察していなかったんだ」
「別のことって…あ、そういえば、何で君はカナワに行ったの」

さっきの階段での会話の疑問点がふと浮かんだ。カナワタウンは静かで穏やかな街だ。どことなく雰囲気が生まれ故郷に似ていて僕は好きだけれど、 Nがあそこへ行った理由は思いつかなかった。別のことっていうのが関係しているんだろうけど。

「ああ、それはね…少し長い話になるかもしれない」
「どうせ着くまで暇だし、教えてくれたら嬉しいな」

自分の帽子を取るついでにNの帽子もひょいと奪った。それらを手にしながらNの話に耳を傾ける。

「じゃあ順を追って話そうか。確か3ヵ月ほど前のことだったかな」
「けっこう最近なんだね」
「うん。…ライモンを歩き回っていたとき、ある施設の中からポケモンの声が聞こえたんだ。『やだやだ』って」
「ある施設って…あ、サブウェイか」
「正解。その声が気になって中へ入ると、まだ幼いヤナップがヒトに抱かれてじたばたしている姿が見えた。そのヒトは何故ヤナップが騒いでいるのかわからないようだったから、ボクはその子に話を訊くことにした」

…ポケモンがそんな調子でどうすればいいかわからないときにNに話しかけられて、その人はますます困惑しただろうな…。その場を想像して、僕は少し苦笑した。

「その子は、何て?」
「ヤナップは、そのヒト…男性だったんだが、彼と離れるのがさびしい、と言っていた」
「え…」

それはまたどういうことだろう。別れなければいけない事情があったのかな。僕が首を傾げると、Nはすぐに説明してくれた。

「そのことを彼に伝えたら、彼は目を伏せて『弱ったなあ』と呟いていた。聞くところによると、彼はヤナップのトレーナーではなかったんだ。ライモンシティで迷子になっていたヤナップを保護して、カナワタウンにいるその子のトレーナーの元へ送り届ける最中だったと」
「…ひょっとしてヤナップ、一緒にいるうちにその人になついちゃったんだね」
「ああ。それで、その子の行方が気になったからボクもカナワタウンに行ってみたくて、彼らについていったんだ」
「なるほど…」

電車が長いトンネルを抜け、車内に光が差し込んで明るくなった。向かいの席に座っていた子どもが顔を窓に張り付かせている。

「…車内でヤナップが聴かせてくれたのだけど、車掌になるのが夢だと言っていてね、それは素敵だとボクが言ったら、ヤナップはようやく笑顔を見せてくれた。それを聞いた彼もまた、笑っていたよ」

Nも、窓の外に広がったのどかな景色を眺めながら、とても嬉しそうにそう話した。…再会してからずっと思ってたことだけど、柔らかい表情をするようになったなあ、N。つられて、僕も笑みが零れた。

「…ヤナップは、ちゃんとトレーナーの元に帰れたの?」
「カナワタウンに着いてから、真っ先にトレーナーの元へ駆け寄っていったよ。あれにはボクも彼も苦笑したな」
「ははっ、そっかあ。でも良かったじゃん」
「うん。そのトレーナーには礼を言われた。別にボクは何もしてないのにね。ヤナップの夢のことは伝えたけれど」
「え、…話したの?そのトレーナーに?」
「? ああ、話したよ」
「……そう、なんだ」

何でもないことのように言うNに少しの間呆けてしまったけど、僕は思い直した。

「…N、話してくれてありがと」
「構わないよ」

Nから視線を外し、俯いて、膝の上に置いてある自分とNの帽子をジッと見つめる。

さっきNがカナワに行ったことがあると知ったとき、ショックを受けることはなかったな、と思った。色んな地に行って、色んな人と話して、色んなポケモンと出会う。それが旅というものだから。
Nは旅をしていたんだ。それだけだ。

…あのとき別れてから、僕はずっとずっと君のことが心配だったけど、杞憂だったみたいだね。

Nがこの2年間どうしてたか、何があったか、誰と出会ったか…今日のようにまた知れたら、良いな。ちょっとずつ、ゆっくりでいい。僕のことも話したい。感動したことでも何でもないことでも、いっぱい話し合おう。


ガタン、ガタンと規則的に揺れる音と、響き渡るアナウンス。カナワタウン到着まで、もう少し。





Nさんがどんな感じであの女の子にヤナップの夢のことを話したのか、想像したら何か泣けてくるなあ
…という思いから発展した話でした
これで「緑色の髪の人」がNさんじゃなかったら爆死だね!
130920


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