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  夕食後


母さんが風呂から出てくるのを待っていて、暇を持て余していたとき。テーブルの真ん中に置かれてあるカゴが目に入った。カゴの中にはオレンジが盛られている。僕は手を伸ばして、それを一つだけ取った。親指を突き刺して黙々と皮をむいていると、食器を片付けていたNが戻ってきた。

「あ、Nも食べる?オレンジ」
横で立ち尽くしたまま、僕の手の平にあるオレンジをジッと見つめる彼に声をかけると、Nはこくんと頷いた。僕は笑って、皮をむき終えたオレンジを半分に割ってNに差し出す。するとNは口を開けて……そのまま数秒が経過した。

「…N?食べないの?」
「え?食べるよ。だからほら、」

と言ってNは再び口を開けた。…また数秒が経過する間、考えた末にNの行動の意味がわかったけれど、オレンジを差し出した手と固まった表情を動かすことは出来なかった。

「トウヤ?」
「…え、ああ、うん、…って、ちょっと待ってよN。これ丸ごと食べる気なの君は」

僕は停止していた頭を働かせて、ようやく突っ込みを入れた。Nはきょとんとして、何でもない風に「駄目なのかい?」と言ってきた。

「駄目とかじゃないけどさ…。きのみじゃないんだから、割って食べようよ」

そういえばNはきのみを丸かじりするタイプだった。「あんたいい食べ方するわね!」といつだったかトウコが笑っていたのを思い出す。…まあいっか。
僕は隣の椅子を引いて、Nに座るよう促した。それから持っていたオレンジを全部、ちょうどいい大きさに割いて、皮を皿代わりにした。

「はい」
「ありがとう」

椅子に座ってもそもそと食べ始めたNを横目に僕は新しいオレンジを取った。再び黙々と皮をむいていく。
ふとNが僕に背を向けた。

「キミたちも食べるかい?…大丈夫、酸味もあるけど、甘いよ」
そっと寄ってきたポケモンたちにNはオレンジを差し出しているようだった。Nにあげたやつ、甘かったんだ。僕のはというと甘さよりすっぱさの方があって、あまりおいしくない。あーあ、外れひいちゃったな。

「トウヤ」
「ん?」
「キミの一つもらってもいいかな」
「あれ、もうなくなったの?」
「彼らが気に入ったみたいでね」

身をよじって椅子の後ろ側に視線を向けると、オレンジをむしゃむしゃ食べるポケモンたちの姿があった。歯が無い子は音をたてながら実をすすっていて、食べているというより飲んでいる感じだ。その様は可愛いような少し怖いような。
姿勢を元に戻してNを見ると、オレンジの汁や恐らく彼らの唾液でべとべとになった手をティッシュで拭いていた。

「Nが食べる分無くなっちゃったんだね」
「うん、だからキミのを」
「いいよ。…あ、やっぱだめだ」
「どうして?」
「僕のやつすっぱかったよ」
「構わないよ」
「…Nがいいならいいけどさ」

残っていたオレンジを手渡そうとしたら、Nはまた大きく口を開けて待っていた。…ふりだしに戻った気がする。もう突っ込み疲れたので、何も考えずにその口にオレンジを放り込んだ。
Nはしばらく口を動かして、「…すっぱい」と一言。
…だから言ったのに。さっきのものは甘かったようだから、余計にすっぱさがくるだろうな。少しだけしかめっ面になりながら食べるNは、何だか子どもっぽくてかわいかった。
僕は最後のオレンジを口にする。やっぱりすっぱかった。




Nさんのすっぱい!って顔が見たい。
…ポケモンはいい子が思い浮かばなかったんでぼかしました。
130306


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