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  あふたぬーん


ちょっと待っててね。そう言われて、ボクは椅子に座りながら身を縮こまらせていた。少し寒いのと、やはり来たら駄目だったのではないかという思いでだ。
だんだん暖房がきいてきて暖かくなってきた頃、その人――トウヤのお母さんはやってきた。「はい、どうぞ」それからカチャリと音を立てて、持ってきた紅茶をテーブルに置く。

「外は寒かったでしょう?これで温まってね」
「あ、ありがとうございます」

優しい微笑みに、ボクの緊張もとけた気がする。その表情は彼にそっくりで、ああ親子だなあ、と思った。おずおずとカップを手に取り、その琥珀色の液体をゆっくりと口に入れる。

「…あ」
「美味しい?」
「はい、すごく美味しいです」

紅茶というものをあまり口にしたことはなかったけど、こんなにも美味しいものなのか。何より、あたたかい。すごくあたたかい。冷えていた身体の隅々まで染み渡るようだ。
じっとカップを見つめていると、彼女はボクの隣の席に座り「良かった」と言った。

「あの子からNくんも甘いものが好きだって聞いていたから、蜂蜜をたっぷり入れたの」
「トウヤから…?」

ボクの問いかけにこくりと頷き、彼女も紅茶を口に運ぶ。

「トウヤもこの紅茶が好きでね、昔から冬になったら毎日飲んでたものよ」
「へえ…」

きっとこのあたたかさを昔から味わっていたから、彼はあんなにもあたたかいのだろう。そう思いながらボクももう一度飲んでみた。美味しい。

「それにしても遅いわね、あの子。ごめんなさいねNくん、せっかく来てくれたのに」
「あ、いえ、ボクの方こそいきなり訪ねてきて、その、」
「あら謝らなくていいのよ。わたしはNくんが来てくれて嬉しいんだから」
「そうなんですか…?」
「ええ。もっと来て欲しいくらいだわ、ふふ。あ、紅茶もう一杯いかが?」
「あ、頂きま…」
「母さん!N来たって…っ!」

言いかけたそのときに、ドアが勢いよく開いた。反射的にその方向を見ると、息が荒いトウヤが立ってきた。心臓が飛び跳ねる。目が合って、ボクの身体が竦んだのは、彼の瞳から怒りのようなものを感じたからだ。
複雑な顔をしながら近づいてきた彼にも構わずに、彼の母親はにっこり笑って立ち上がった。

「あら、お帰りなさいトウヤ。あなたも紅茶飲む?」
「え、あ、うん」
「じゃあ今入れてくるわね」

そう言って再び台所へ戻って行った。ボクがその背中を見送ってる間に、トウヤは向い側の椅子に座った。

「…」「…」
お互い無言で、何だか気まずい空気が流れる。やはり来てはいけなかったかもしれない。謝ろうとして、ボクは膝の上で拳を握りしめながら話しかけた。

「…あの、トウヤ」
「ねえN、早くライブキャスター買ってよ」
「え?」

予想外の言葉に俯いていた顔を上げる。トウヤが真っ直ぐに見ていた。射抜かれそうな視線だ。

「連絡がとれないからこんなすれ違いが起こるんじゃないか!」
「ご、ごめん…」
「…はあ。全く……せっかく久々に会えたのに時間が勿体無いし…」

彼のため息混じりの呟きは、小さくてよく聞き取れなかった。また沈黙が訪れた。どうしよう。そうだ、話題を変えよう。

「…あのね、トウヤ」
「…何?」
「ボクはさっきすごく感動したんだ」
「はい?」
「キミのお母さんが入れてくれたこの紅茶がすごく美味しくてね…どうやったらこんな美味しいものが作れるんだろう」
「…N、君は何しに僕の家に来たの…」
「? キミに会いたかったから…だけど…」
「…」
「……?」
「…はあ」

トウヤがうなだれたのと、彼の母親が紅茶と今度はお菓子もセットで持ってきてくれたのは、ほぼ同時だった。





ちなみにトウヤくんが息ぜえぜえなのは途中までレシラムに乗ってきて降りてダッシュしたから。
早く会いたかったってことね!あと怒ってるのは照れ隠し。
110115


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