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  レイニーレイニー


「「あっ」」

ドアを開けると、そこに彼がいたものだから面食らった。それはあちらも同じだったようで、漏れ出た声が二つ同時に重なる。間抜けな響きが耳に届き、それが何だかおかしかった。
口を押さえて笑いながら、半開きだったドアを全開にして、まだ少し困惑気味の彼を迎え入れる態勢をとった。

「おかえり、N」
僕のその言葉を聞いて、ようやくNも口元をゆるめて軽く手を挙げた。
「…ただいま、トウヤ」
彼がイッシュに来るときに必ずしているこのやりとりは、まだまだ僕の心を弾ませる。何てことないあいさつが、こんなにも嬉しい。Nは帽子をゆっくりと取った。

「ノックしようとしたらキミがいきなり出てきたから驚いたよ」
「はは。僕もビックリした」

僕は帽子のツバを上げて、Nを見回した。パッと見、前会ったときと変わりない。前髪が伸びたぐらいか。うん、元気そうでホッとした。
Nから視線を外して、ライブキャスターに目を落とす。

「N、珍しく早く来たね」
道中、たいがい野生のポケモンと話すことに時間を割くNは、約束していても時間通りに来ることはめったにない。まして早めに来るなんて初めてだ。

「ああ。今朝、スワンナたちとつい話し込んでいたらゼクロムに注意されてね。ボクとしては彼らの美しい飛翔姿をもう少し見ていたかったんだが…」
「ゼクロムが、駄目って?」
「そうなんだ。たまには時間を守れ、とさ」

肩を竦めてさも残念そうにしているけど、一応今日うちに来たいって言ったのは君の方なんだけどな。まあポケモンのことが何より優先なのがNというひとだから、仕方ないか。
チラっとNの腰にあるボール、その中にいるゼクロムに目をやる。世界を変える英雄ではなく、共に生きるパートナーとしてNといるゼクロムは、Nの話を聞く限りじゃ親みたいなことをよく言っている。

「ところでトウヤ、今からどこか行くのかい」
「あ、あー…あのさ、実はまだ昼ご飯出来てないんだ」
「そうなの?」
「うん。ちょっと材料の買い忘れがあって、それで今からカラクサのスーパー行くとこだったんだけど…」

まだ時間はあるだろうと高をくくってたら、予想に反してNは今ここにいるというわけだ。こんなことならもっと余裕もって行動しとけば良かったな。心の中で反省していると、不意に後ろから呼びかけられた。

「トウヤー?Nくん来たの?」
「あ、うん。来てた」
振り返ると、母さんがおたまを手にしたまま僕らの方へ歩いてきていた。

「外、雨降ってるでしょう?ドアも開けっ放しにして、玄関でそんな話してたら冷え込むわよ」

苦笑を浮かべた母さんが、僕の額にコツンと軽く拳を押し当てた。確かにさっきから外から風が吹いていて肌寒い。Nをよく見るとちょっと濡れてるし…このままだと風邪引きかねない。しまった、久しぶりに会えた喜びでそこまで思い至れなかった。

「ご、ごめん、N…!」
はじかれたようにNの手を引っぱり、家の中へ引き寄せ、それから急いでドアを閉めた。
「謝ることはないよ、トウヤ。…こんにちは」
Nは気にする風でもなく僕にそう言ってから母さんと向き合い、小さく会釈した。

「こんにちは、Nくん。さあ入って入って、今お茶入れるから。トウヤは早く買い物お願いね」

母さんは今度はにっこりと笑って、Nの背中を押しながら彼をリビングへと連れて行った。何だか実の息子に対する扱いと違うような…まあ、いいや。僕は気を取り直してドアノブを再び握った。さっさと行って買ってきて、作りかけの料理仕上げなきゃ。

旅路でろくに食べてなさそうなNをお腹いっぱいにさせることが僕の使命だ。これには母さんも加担していて、今日みたいに彼が来るときは張り切って料理の腕をふるってくれる。チェレンやベルに接するときと同じようにNに優しい母さんに、僕はつくづく感謝している。

外に出て空を見上げると、どんよりとした天気だった。しとしと降る冬の雨が風と共に頬に当たって冷たい。帽子を深く被って、もう一度振り返ってドアを閉めようとした。

「じゃあ、行ってきます」
「あ、待って、トウヤ」
半開きになったドアからNが顔を覗かせる。タオルで頭を軽く拭きながら、「ボクも行っていいかな」と言うから驚いた。

「…えええ?一緒に?」
「駄目かい?」
「駄目じゃないけど…あ、やっぱだめ。疲れてるだろうし、雨も降ってるし、君は休んでて」
「それほど疲れていないよ。雨も気にしない」

キッパリと言われて僕はそっとため息をついた。一度決めたら主張を曲げないNのことだから、もう何を言っても無駄だし、時間も勿体ない。すでに大分時間くってるけど。


それからNの支度を済ませて、二人で家を出た。目指すはカラクサタウン。

ちゃっちゃと買い物を終わらせて早く帰りたくて、自転車を漕ぐ足を速めたいけど、後ろにNが乗っているからそうもいかない。ぬかるんでる道を突っ走るなんて無茶は、二人乗りしてる今は出来ない。うっかりNに何かあったら僕は自分が許せないから、ここは安全運転第一でいこう。でもゆっくり走ってても雨に濡れて身体が冷えてしまう。適度なスピードというものがわからなくて僕は困った。
…帰りは、歩こう。っていうか今も歩いた方がいいかな。そう思ってNに問いかけると、「何故だい?」という短い返事が背中に投げられた。

「自転車で行った方が早く済むと思ったけど、やっぱ危ないし…君も、乗り心地悪かったりしない?」
「いや?ボクはこの自転車というものに乗ったことがなかったから、新鮮で楽しいよ」
「…そっかー楽しいのかー」

こっちの気苦労も知らずにそんなこと言われてもな…。だけど、珍しく声の調子が上がってるNは、本当に楽しんでるんだろう。観覧車に乗ってるときのような笑みを浮かべてるのかもしれない。それならもう、僕は頑張るしかない。

「…帰りは歩くからね!」


そして無事買い物を終えた帰り道。Nは、ミールと一緒に僕の前を歩いていた。

「キミは元気だった?他の子は?……そうか、それは良かった」

Nがそう尋ねると、ミールは何の曇りもない笑顔を向けた。どうやら機嫌がいいようだ。雨が降っているからか、Nがいるからか…両方だな、きっと。そんなミールの頭をそっと撫でて微笑んでいるN。カッパのすそが、ひらひらと揺れていた。僕らが出発する前に母さんがどこからか引っ張り出してきたその半透明のカッパは、胸元に遠い地方のポケモンの絵が刺繍されている。似合ってるような似合ってないような姿を後ろから見ながら僕は歩く。

この草むらを抜けたら、もうカノコだ。買い忘れたものはないか考えてると、気付けば目の前からNが消えていた。…またか。はあ、とため息をついてから辺りを見回す。うずくまってヨーテリーに話しかけているNをすぐに発見した。そこまで行き、横にいたミールの頭をぽんっと撫でて、彼の背中に呼びかける。

「えーぬ」
「…ああ、ごめん。この子が気になることを言っていたから、つい」
「ついじゃないよ…ほら、立つ立つ」
立ち上がるよう促すと、Nは渋々と言った感じで腰を上げた。

「ごめんね、ヨーテリー。また今度、キミの話を聴かせて」
「あ、N、ストップ」
「え?」
「フード、ズレてる」

Nが完全に立ち上がる前に、後ろにズレ落ちていたカッパのフードを彼の頭に被せた。顔を上げてNは礼を言う。僕はもう一度ため息をついた。

「雨ひどくなる前に早く帰ろ。ほら、ミールも行くぞ」
「うん」

ふと、今日もNに気をとられっぱなしだなあということに気づいた。それが別に嫌でないし、彼と一緒にいることは何だかんだで結局楽しいから、いいんだけど。


「そういえばトウヤ、今日のメニューは何だい?」
「…内緒」
「教えてくれないんだ」
「さっき買ったものから予測して、当ててみせてよ」
「そうだね……ねえダイケンキ、キミは何だと思う?」
「あ、ミールは答え知ってるから聞いちゃだめー」
「…情報が少なすぎるよ、トウヤ」

それでも家に着くまで諦めずに、バッグの中を覗き込んだりしながら真剣に考えるNを、僕とミールは笑いながら見守っていた。





※BW2発売前に思いついた話。
最初はカッパ着けた子Nさんと雨の中お散歩したいって欲求があって、
でもそんなん書けねえ→じゃあNさんにむりやり着させるべってことでこんな話になりました
121110


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