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「N!やっほー」
「…」

ある日ある時ある場所で、ひとりの青年とひとりの少年が出会いました。少年は帽子のツバを上げて、キラキラした笑顔を見せます。対して、青年は無言で踵を返しました。

「って、N?ちょ、待ってよー!」

少年は慌てて追いかけ、間もなく青年の横に並びました。そこで青年は歩く速度を上げました。二人の足の長さの差は、そのまま二人の距離にも差を作ります。しかし少年の旅で鍛えた脚力をなめてはいけません。またすぐに追いつきました。

「待ってってば、N。何で逃げるの」
「…キミは、今までボクにしてきたことを覚えてないのかい」

競歩状態のまま二人は話し始めます。もしもここが街中であれば、もしくは人がいたらさぞ怪訝な目を向けられたことでしょう。幸い周りには野生のポケモンたちしかいませんでした。
青年からの問いかけに少年はまさか、と答えました。

「Nとのことで忘れてることなんか、一つもないよ」
「ならば何故ボクが逃げるのか、自分の胸に聞いてみるといい」
「…んー、」

青年に言われた通り、少年は自分の胸に手を置きしばし考えます。心臓がどくん、どくんと脈打っていました。

「Nに会ってドキドキしてる…ってことしかわからないかな」
「それは走っているからだろう」

青年は無表情で冷たく告げました。正確には二人は走っているのではなく早歩きしているわけですが、そんなのはささいなことです。とかく青年は、その鼓動の速さは今激しく動いているからだと主張したかったのです。自分の発言を一蹴された少年は、誠に遺憾であるとばかりに騒ぎ立てました。

「違うって、Nにドキドキしてるんだって」
「違わない。走っているからだ」
「じゃあ走るの止めて、ゆっくり話そうよ、そうしたらわかるよ。せっかく会えたんだから話そうよねーねーねー」
「断らせてもらうよ」
「えー…」

青年は進路を変えて、草むらに向かっていきました。そこで少年は大きな声を出しました。

「……あ!N、そこ足元にオタマロいる!」
「えっ?」

反射的に、足を止めました。青年にとってポケモンはみな大切なトモダチです。いかなる状況――例えば背後から迫る少年から逃げようと急いでいる今――であれ、トモダチを踏んで傷つけるわけにはいきません。そんな青年の優しさを少年はあくどく利用しました。少年だって本当はそんなことなどしたくないのですが、恋と戦争は手段を選べないのです。攻めの姿勢を崩したら負けなのです。

「…つっかまっえたーっ!」
「っ!」

青年の足が止まった瞬間を逃さずに、少年は後ろから抱きつきました。けっこうな衝撃だったので、青年は前のめりになり倒れそうになりました。何とか耐えた青年は、恨みがましい声を少年にかけました。

「………騙したね、トウヤ」
「おれの見間違いだったみたい。ごめんね」

青年の背中にすりすり頬を寄せる少年は、まるでポケモンのようでした。いっそ新種のポケモンだと思えばいいのだろうかと、青年は少し考えてしまいました。

「0.5mもあるオタマロを普通見間違わないよね?」
「N、相変わらず腰細いね。ちゃんと食べてる?そうだ、今からどっか食べに行こー」
「…あ、トウ、ヤ…っ」

青年の言葉は聞き流し、少年はその腰を撫でました。撫で回しました。思わず変な声が出た青年は慌てて上半身を捩じらせ、少年をキッと睨みます。少年は気にせず笑っていました。無邪気な笑顔に毒気を抜かれ、青年ははあっとため息を一つつきました。

「…トウヤ、話を聞いてくれ」
「ん、なに?」
「キミは何故、常にボクの腰に攻撃してくるんだ」

純粋な疑問をぶつけました。少年は会うたびに、いつもいつもその両腕を青年の腰に巻きつけてくるのです。青年は、それが少年からの しめつける 攻撃だとしか思えません。

「攻撃て…そんな、ポケモンじゃないんだからさ。抱きついてるだけだよ」
「何故、抱きついてくるんだい」
「そうだな…Nを見たら抱きつかずにはいられなくなっちゃうんだよねー、おれ」

青年の萌黄色の髪に顔を埋めてこっそりその匂いを堪能しながら、少年は何てことはないといった感じでそう言いました。

「だから、それは何故なのかと何度も聞いているじゃないか」
「好きだから、Nのことが。っておれだって何度も言ってるじゃん」
「…理解、出来ない…」

青年は首を横に振りました。少年が何を言っているのか、何を考えているのか、全くもって理解出来ません。少年は一拍おいてから、青年の腰に抱きつく腕の力を強くしました。

「Nは、おれのこと嫌い?」
「……」
「どうなの」
「…………キライじゃ、ないけど」
「!」

俯き加減で青年は言いました。少年はその言葉に目を輝かせます。嬉しくて、ちょっとホッとしましたが、それもつかの間でした。青年は静かに言葉を続けます。

「キミは興味深いよ。ボクとは全く異なる意見、視点を持っている。それをもっと知りたいと思う。……だのに、キミは毎回ボクの意とは反することばかり言ってくる。ボクはそういうことが聞きたいんじゃ、ないんだ」

青年が一気に言い切ったあと、空気が静まり返りました。少年は何故何も言わないのでしょうか。遠くから、何やら楽しそうなトモダチたちの声が聞こえます。許されるなら、今すぐこの場を抜けてあそこに行きたいと青年は思いました。吹き付けてくるぬるい風を、不快に感じました。

「…ね、それ本心?」

沈黙を破り、少年が言葉を発しました。平坦な声でした。青年は「……そうだよ」と返します。

「………………ふーん」
「……?トウヤ?」
「はあー……」
「ど、どうしたの」

少年が突如、腕を離してきました。青年は自由の身になったので、すぐさま身体を反転させて、後ろで佇む少年に尋ねました。

「いくらおれでもさ、そこまで言われたら傷つくよ」
「……」
「いいや、もう行くから」
「あ、ああ」

青年が戸惑っているうちに少年はどこかへ歩き出しました。青年がその背中をただ見ていると、少年が不意に「あ」と声を上げます。少年は振り返って、青年と視線を交わしました。

「…ねえ、N」
「え?」
「好き」
「…っまた、キミは…」
「おれの気持ち、全くちっともぜーんぜん、バチュルの毛先ほどもNに伝わってないのはわかったよ。でも、Nが聞きたくなくても、伝わるまでおれは言うから。これからもずっと」
「…………」
「それじゃ、またね」

少年が完全に立ち去ったあとも、青年はその場に立ち尽くしています。少年のあんな悲しそうな顔を、初めて見ました。それで何故こんなに胸がちりつくのか、青年はわかりませんでした。

「…キミのことがわからないよ、トウヤ」

吐き出すように呟いた言葉は、風の中に消えていきました。



少年は特に目的もなく歩きます。青年との会話を思い出しながら、あのときの青年の声が可愛かった、ああ言われたのはショックだった、などなど気分は上がったり下がったり忙しないです。青年のことを諦める気はありませんが、やはり先程のあれには胸が苦しみました。この想いをどうしたらいいものか、少年はわかりませんでした。

「―…好きだよ、N」

胸から溢れた言葉を、風が運んでくれたらいいのに、と少年は思いました。それから空を仰いで叫びました。

「伝われおれのラブ!」







Nさんにキライじゃないけどってあれ言わせたかっただけ
タイトルはMy座右の銘
120618


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