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  制動機は故障中


「そうだ、母さん」
「なあに?」

台所で夕飯を作る母さんを手伝っていたとき、僕はふと聞きたかったこと思い出した。リンゴを剥く手は止めないまま、疑問を口にする。

「免許っていつから取れるの?」
母さんは鍋の中をかき混ぜながら、僕の方へ顔を向けた。
「免許って、車の?」
「うん」
「なら、18歳からね」
「―…18歳」

3年後、というと高校3年生か…。それは、今の僕にとって果てしなく遠い未来のように感じた。そしてその歳になったとしても、まだ今の彼の年齢にも及ばないのかと、改めて年齢差を痛感する。

「トウヤ?それがどうかしたの?」
「ううん、別に…何でもない」

出そうになったため息を、漂う料理の匂いと一緒に吸い込んだ。それから剥き終わったリンゴを皿に並べる。それを冷蔵庫に入れたところで、クスッと微かな笑い声が背後から聞こえた。振り向くと、バスタオルを頭に被せた妹の姿があった。

「…何だよ、トウコ」
いつ風呂から出てきたのだろう。いやそれよりも、ピンク色のバスタオルから覗く笑みの意味は何なんだ。
「別に?」
一言だけ返し、トウコは冷蔵庫から麦茶を取り出す。

部活のため、僕より帰りが遅いこの双子の妹は、たいてい夕飯の準備中に風呂に入る。そして今日みたいに、夕飯が出来た頃合いに風呂から出てきて飯を食う。全く良いご身分だと常々思っている。まあその代わり夕飯後に皿を洗うのはトウコの仕事だ。

僕は棚からみそ汁とか入れる用の茶碗を3つ取り出して、母さんに手渡した。母さんは、トウコの態度に何か感じ取ったらしい。
「あら、トウコは何か知ってるの?」
「もちろん」
汁をお玉ですくい、ソウメンが入れられた茶碗に注ぐ母さんは興味津々、トウコは意気揚々といった感じだ。知っている、だと?僕は焦った。

「…おい、トウコ」
「何よ」
「…どこから話聞いていたんだ」
「最初から」

やばい。つまりコイツは、僕がどうしてあんなことを聞いたのか、瞬時に理解したのだろう。

「…人の話勝手に聞くなよ」

テーブルへ茶碗を運び始めたトウコを睨む。牽制のつもりだったが、トウコは難なくスルーした。

「偶然聞こえていただけよ。あ、でね、お母さん。コイツねー、恋人の車に乗せてもらうのが悔しくてたまらないんだって」
「お、おい…っ」

人が隠していた心情をよりによって母さんに暴露しやがったコイツ…!
椅子に座り、癪に障るぐらいの良い笑顔で母さんに語るトウコを止めようとしたら、更なる爆弾が別方向から投下された。

「ああ、噂のNくんね?」
「…!?」
「そ、あのNよ、N」
「…な、何で母さんが知って…!」

テーブルに皿を運ぶ母さんを思わず凝視する。僕はNのことどころか、恋人が出来たことすら秘密にしていたのに。
母さんが鋭いことを、僕ら双子はよく知っている。だから恋人の存在はバレていたとして、でも流石にそれが誰かなんて突き止められるはずがない。
トウコは知っている。不本意ながらNのことを教えた(というか言わされた)から。つまり、母さんに報告したのはこの憎たらしい妹しかいない。

「…トウコ、お前…」
恨みがましく視線を向けても、トウコは気にする様子もなく麦茶を冷蔵庫から取り出した。

「あたしはアンタの妹として、お母さんに教える義務があるでしょう?」
「ねーよんなもん!…っていうか、どこまで話した…」

展開についていけず、僕の頭は混乱するばかりだ。ひとまずそこを確認する。

「あたしが知ってることは全部。アンタが一度Nに告って見事に玉砕したことまでバッチリ」
「…この野郎…」
「まあまあトウヤ、落ち着いて」
「…母さん」

とりあえず座りましょう?と言われて、僕らは大人しく従った。落ち着ける訳は、ないけど。

「ママとしては、今度是非紹介して欲しいところなんだけどな、Nくんのこと」
「…え?」

母さんは鉄火丼の茶碗を3つ運んだあと、にっこり笑ってそう言った。何とも予想外な台詞に僕は呆気にとられる。トウコの隣、僕の向かい側に座って頬杖をつきながら母さんはこちらを見ていた。

「あ…、でも、その…母さんは…Nが男だってことも…」
「知ってるわ」
「…っなのに?何で?」

僕がNのことを秘密にしていたのは、気恥ずかしいからってのもあるが、単純な話、Nが男だからだ。いかに母さんが寛容とはいえ、息子の恋人が男だなんて、そうあっさり受け入れられるものだろうか。

「あら、大事な息子の恋人さんのことをもっと知る権利が、ママにはあるんじゃないかしら」

そう言う母さんの瞳には非難や軽蔑の色は見られない。いつもの穏やかで優しい目だった。

「…わかった、今度つれてくる」
観念したように僕が言うと、母さんは「楽しみにしてるわ」と、笑みを深くした。

「どんな人なのかしら」
「おかーさん、だから前も言ったじゃん。電波だって電波。もしくは変人」
「…トウコ、知りもしないくせにNを悪く言うな」
「よーく知ってるわよ。っていうか、盲目状態のトウヤよりは客観的に見てると思うけど?」

言葉に詰まった。確かに僕はNに盲目的だ。怪しい雰囲気も、虚ろな瞳も、早口なところも、萌黄色の長く綺麗な髪も、背が馬鹿みたいに高い割に線は細い身体も、全てが好ましい。
人の話を聞かないくせに自分は好き勝手語りまくる。僕の心臓を無意識に鷲掴みしておいて、こっちのことは全然意識してくれない。感情をあまり表に出さないかのように思えて、動物のことに関しては喜怒哀楽全開だ。そして僕には全く理解不能な数学をこよなく愛している。僕はそんな数学以上に難解なNが好きだった。どうしようもなく。
母さんが一応Nのことを容認してくれてて、実はけっこうホッとしている。僕は一生Nを手放す気などないし、となるといくら秘密にしててもいつかは話さなければいけない。そのことが少し、気が重かったから。だからといってこの事態を招いたトウコに、感謝など一切しないが。

「うざい」と一言吐き捨てると、トウコの顔が剣呑になる。僕は身構えた。いついかなるときも、コイツは敵だ。日常化している兄妹喧嘩が勃発しそうになったところで、席を立っていた母さんが戻ってきた。そしてオーブンから取り出したらしいポテトフライが盛られた皿をテーブルの真ん中に置き、「さあ夕飯にしましょう」と微笑んだ。


ソウメンをすすり、湯気立っている汁と共に飲み込む。うまい。

「トウヤ、さっきの免許の話だけどね」
箸を伸ばしてポテトをつまみ口に運んでいると、眉を曇らせた母さんが声をかけてきた。免許のことなんてすっかり頭から消えていた僕は、少々反応が遅れた。

「…うん?」
「取れるのは3年後って言ったけれど、そういうことなら実際はもう少しかかるんじゃないかしら」
「え?」

かかるって、時間が?っていうか、そういうことってどういうことだ。ポテトを咀嚼しながら僕がハテナマークを浮かべていると、

「アンタ、免許取りたいんじゃなくてNにええかっこしいしたいだけでしょ」
「…っ、」

鉄火丼をかっこんでいたトウコが鼻で笑う。さきほど風呂上りで見せた笑みだ。…そうだ、コイツはわかってたんだった。僕が、何で免許を欲しがっているのかを。というか、母さんも気づいたのか…羞恥を感じつつも、この母には敵わないなとどこか頭の片隅で思った。

「初心者が運転する車に、まさか大事な大事な恋人を乗せる訳にはいかないわよねえ」
「…安全運転するから」
「あら、そう?」
「当たり前だ。Nに怪我一つ負わせたりするか」

どん、と音を立てて空になった茶碗を置く。僕の断言に、なおもトウコは唇の端を上げたままだった。

「口元にご飯粒つけたままだとカッコイイ台詞も様にならないわね」

慌てて口元を拭った。…くそ、恥ずかしい。ニヤニヤという形容がぴったりな顔をしているトウコは、僕をからかって満足したのか食事に戻った。この妹だけには敵わないなんて白旗を上げるつもりはないが、共に生まれてから僕は一度もトウコに勝てたことはない。悔しくて麦茶を一気飲みする。母さんが再び、話しかけてきた。

「でもトウヤ、本当に、免許を取っても慣れるまで同乗させるのは控えた方が良いと思うわ」
「う…」
「ま、あたしが練習に付き合ってあげてもいいわよ」
「…お前は僕をパシりたいだけだろ」
「ふふん」

免許を取った未来を想像してみた。僕は運転席に座る。Nが隣に乗っている…よりも、トウコが乗っている方が容易に思い描けたので、今度こそため息をついた。それでもいつかは、Nを助手席に乗せてデートする。今は逆でも、いつかは絶対。
そう決意して、僕は立ち上がりデザートのリンゴを取りに冷蔵庫へ向かった。




パラレルは好き勝手やろうと思った結果がこれだよ!
現代パラレルの場合、トラウマが無い分トウヤくんの気が強くなります
マザコンじゃないですママさんが大好きなだけです(私が)
トウコちゃんは妹かつブラコンになります実は兄を奪ったNさん大嫌い
111015


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