実によく在る夏の日のこと
シャンプーで泡立った髪を水で洗い流していたら、ふと目に入ったモノにエリーは首を傾げた。こういうとき、エリーがすることは一つ。
「ねーねー、リョーマ!」
すなわち大好きなあの子に声をかけることだ。例え入浴中であろうと構わずに。
「…なに」
洗面所で歯を磨いていたリョーマは、その呼びかけに無視しようとした。しかしエリーが風呂場のガラス戸をどんどん叩いてきてうるさかったので、仕方なく返事をした。
「何か、たらいに紫色の水ある」
「…ああ」
それなら先ほど自分も見た。風呂場の端っこに置いてあるたらい。その中には謎の液体が確かにあった。リョーマは特に気に留めなかったが。
「ああ、ってそれだけかよ」
リンスを髪につけるエリーの視線は、あのたらいに固定したままだ。薄い紫色のそれは、何だか某先輩の作る汁を連想させて、近づきたくはなかった。
「だから、なに」
ふとリョーマは、ガラス戸が少しだけ開いてあることに気づいた。おそらく会話が出来るようにエリーが開けたのだろう。
(よくやる…)
歯を磨きながら、開いた戸の隙間から漏れ出る湯気をぼんやり見ていた。
「いやさ、何なんだろこれ」
「知らないし、」
どうでもいい、というリョーマの言葉を遮ってエリーは「あれかな、誰かがここでイモとか洗ったのかな」ととんちんかんなことを言ってくる。
「…」
「ん?リョーマー?」
「……」
リョーマは歯磨きを終えて、口内をすすいでスッキリしたあとに、「どうでもいい」とハッキリ告げた。
「…もー、もうちょい会話盛り上がらせようとする努力!しよう!」
身体をゴシゴシと洗いながら、エリーは大声を出した。正直に言えばエリーだってあんな水どうでもいいのだ。ただリョーマと会話したかっただけだった。
「…その水で?」
「この水で」
「…無理」
リョーマは口元をタオルで拭き、その場を退室した。開けた戸の隙間からその後ろ姿が見えて、エリーは「ちょっ、」と焦る。急いで風呂場から出て身体を拭き、素早くパジャマを着る。この間、一分とかからなかっただろう。それからリョーマを追っかける。特に用などないが、リョーマの背を見たら追わずにはいられないエリーだった。
「待ってよリョーマ!」
「…なに」
「あの水の謎、解明したいって思わない?」
「思わない」
「ケチ!」
「何でだよ」
実によく在る夏の日のこと
タイトルは某ボカロ曲より。「ねーよ?」うちではあったんです…あの水が何だったのかは未だに謎。