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由々しき事態!由々しき事態が起こってしまった!
ちなみに由々しき事態ってのはいつだったか先輩が使ってて覚えた言葉だ。意味は今いち理解してないけど、何か響きが好きなんだ。
ってそんなことはどうでもいい!とにかく由々しき事態!

あたしの…あたしの何より大切で何より大好きなリョーマが風邪をひいてしまった…。しかもただの風邪じゃなくて、インフルエンザってやつらしい。
あたしは自分自身も父さん母さんもあんま風邪ってもんに縁が無くて、インフルなんて聞いたことしかない。何かすごい病気ってイメージで、かかったら死ぬんじゃないかとか思ってて。そんな厄介なシロモノにリョーマがかかってしまったなんて。

思ってた以上の事態の深刻さに、泣かずにはいられなかった。泣きすぎて、かけていたマスクがぐちゃぐちゃだ。

「…エリー…あんた、の声で…熱…上がりそ…なんだけど…」
「…らってえ、…っぐす…ううう」
「てか、移るって…言ってんだから…早く、出てけ、バカ…」

何とも弱々しい「バカ」にまた涙が溢れた。
ベッドに寝込んで、マスクしながらゴホゴホして、おデコには冷えピタ貼ってるリョーマはとっても苦しそうで、離れるなんてあたしには出来ない…出来る訳がない…!

リョーマをこんな目に合わせてるにっくきインフルは、感染力?が強いらしい。あたしにもマスクが義務づけられた。生まれて初めてつけるマスクにちょっと興奮したりした。それは良い。問題は移ると大変だから、治るまでリョーマに近寄っちゃダメってことだった。抱きつくなんてご法度。南次郎さんからも倫子さんからも菜々子さんからもキツく言われた。あと電話でこのことを知らせた両親にも。

治るまで普通一週間はかかるらしい。一週間。7日。気が遠くなるような日数だ。そんなにも長い間リョーマに触れられないなんて、あたしが堪えきれるはずがなかった。
だからこっそり部屋に入って、床に座ってベッドにもたれながら、そっとリョーマの様子を見ていた。テニスしてるときみたく顔を真っ赤にさせて、息を荒くさせてる。でももちろん当たり前だけど、テニスしてるときみたく楽しそうじゃない。
こんなにも好きな子が辛そうで自分は何も出来なくて、しかもそばにいちゃダメとか、もう泣くしかなかった。声は出さずに涙だけが流れていく。
そしたらリョーマが目を覚ましてギョッとしてた。途切れ途切れに話しかけてきた。途切れ途切れに答えた。

何泣いてんの。だってリョーマに近寄っちゃダメ言われたから。当たり前でしょ、移るかもしれないんだから。でも、あたしはこっちの方が辛くて死にそうだよ。バカじゃないの。だってだって、移ったって良いから君といたいんだよ。……。

リョーマがゆっくり左手を伸ばしてきた。若干震えてるその手は、あたしの涙とか鼻水とかで濡れたマスクに触れて、それから思いっきりマスクごと頬を引っ張ってきた。
「…っ!?」
痛い痛い痛い何するんだ急に!?痛いのとビックリしたのとで涙引っ込んだじゃん!
あたしがマスクの上から頬を右手で押さえて目をパチパチさせてると、リョーマは汚れた手を毛布に擦りつけながら、

アンタを心配してなんかないけど、ってかそもそも馬鹿は風邪引かないから大丈夫だろうしね、でも万が一エリーもかかったらそっちの所為なのに俺が移したってことなって気分悪いから、とにかく早くどっかいけ。

と、喋るの辛いはずなのにがーって早口で一気に言ってきた。…そんな風に言われたら何も返せないじゃないか。リョーマが普段こんな一杯喋ることはない。少なくともあたしは見たことない。ああウイルスのせいでリョーマらしさが失われているなんて、ホント由々しき事だ。あたしはベッドに顔を埋めて、頭の上で拳を握った。
だって、いたいのに、リョーマのそばに。…ちくしょう、インフルの馬鹿野郎!!もしインフルが目の前に現れたらぎっちょんぎっちょにしてやるのに、目には見えないウイルスなんて卑怯だ、ちくしょう。また涙が出てきた。悔し涙だ。勝てないどころか、勝負すら出来ない相手に対する悔しさで、泣いた。

「エリー、」
「…」
「アンタ、…俺を、げほっ、重病人扱い…しすぎ…っ」
「…へ?」

どういうことかわからなくて、顔を上げる。リョーマは左腕を目の上に置いて、荒い息遣いのまま、言葉を紡ぐ。リョーマからあたしに何らかの行動を働きかけるなんて、珍しいってレベルじゃない。でも今は、あんま喜べないな、ちくしょう。とにかく、セキ混じりだし小さい声だしで聞き取りづらいリョーマの言葉を、あたしは聞き逃すものかと全神経を耳に集中させた。

「べつ、にっ…一生治らない、わけ…じゃないんだ、から…」
「そ、そんなの当たり前じゃん!そうだったら困るよ!泣くよ!」
「今の…アンタ、…そんな感じ、じゃ…ん。それに、もう…泣いて、るくせ、に」
「…だって、だって、だって、」
「うるさい。…こんなの…、すぐ、治すし…。アンタ、…俺が、負けると思ってんの?」
「え…」

リョーマが、インフルに?……まさかだろ。インフルだって何だって、どんな相手でも退かないし負けないのが、あたしが惚れた越前リョーマという子だ。首をぶんぶん振って「思わない!」って言った。

「…じゃ、泣くなアホ。早く出てけバカエリー。わかった?」
「…」
「返事」
「わ、わかった!」
「…ん」

わかったと言ったからには出ていかなくちゃいけない。あたしは渋々と立ち上がった。部屋を出る前にこっそり振り返ってみたけど、リョーマは毛布を被って壁側を向いていて、その顔を見ることは出来なかった。


パタン、とゆっくり閉めて、ドアにもたれこんだままその場に座った。膝を抱えながら、涙で濡れた目を手の甲でごしごし擦る。マスクがいい加減ジャマくさいので引きちぎるように取った。それを握りしめた手をじっと見る。何で、あたしの方が慰められているんだ。情けないし、悔しい。リョーマがいつもと変わらぬ強さで、悔しい。
今まで弱気だったけど、もう大丈夫だと思った。リョーマを信じてる気持ちがあるから、大丈夫だ。歯を食いしばって耐える。これまで、あの子のどんな無茶苦茶な試合もそうやって見届けてきたんだ。どれだけリョーマがつらそうでも、その勝負のジャマなんかしないとあたしは決めてるから。―でも。

リョーマが治るまで、ここにいよう。

あたしがいつだって望むのはリョーマと一緒にいることだ。例え天地がひっくり返ろうと何が起ころうとそれだけは譲れない。インフルなんかに屈してたまるかよ。すぐ隣、がダメならせめて少しでも近くに、いるんだ。いるんだからな!今日からここで飯食って寝て生活するんだ!誰にも止めさせないぞ!
「…よしっ!」
あたしは決意の印に頬をばっしーんと叩いて立ち上がる。それから顔を洗うべく洗面所に向かっていった。




…また季節外れなお話。これは去年の2月に思いついたネタですね。
こんな大げさで越前馬鹿な夢主ちゃんがSUKI.
あと今回の越前さん熱で朦朧としてる。


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