dream | ナノ


いとこと居候とDVDと

「倫子さーん!!」家中に響き渡るような叫び声と、階段を降りる音が聞こえた。「南次郎さーん!!」どうやら叔父と叔母を呼んでいるようだが、二人は今留守にしている。何かあったのだろうか。

「やばいやばいやばい!」
そうして焦った様子でリビングに現れた人物に、
「エリーさん、どうしたんですか?」
畳の間で洗濯物をたたんでいた菜々子は手を止め、声をかけた。

「菜々子さあああん…」
こちらに移動し、その場で突っ伏したエリーに、菜々子は再度問いかけた。
「どうしたんですか?」
「大変なんです」
深くため息をつき、エリーが顔と一緒に右手に掴んでいた何やら白い紙袋を上げる。中には四角い形状のケースが二つほど入っていた。

「DVD、ですか?」
「この前借りたやつで…これ、昨日が返す日だったんですよお!」
「まあ」

うなだれるエリーの頭を撫でながら、ちらりとリビングの壁にかけられている時計を見る。時刻は9時29分。

「確か開くのは10時でしょう?それまでに返却ボックスに入れればいいんじゃないかしら」
「そうっす。だから誰かに車出してもらおうかと思ったんですけど…」
「おじさまとおばさまは先程出かけらしたから…」
「うああやっぱり?どうしよ…」

ぐっと拳を握り、それから縋るように菜々子を見上げてくる瞳に、さてどうしようかと考えてみる。自分は免許を持っていないし、そもそも車自体が今は無いのだ。妹のように可愛がっているエリーが困っているのなら助けたい。

「私が延滞料金を出しましょうか?」
中学生である彼女よりは大学生である自分の方が一応お金は持っている。延滞料金は痛いが、それは精神的にであって額はそう大したことは無い。そう判断して申し出たが、エリーは目を大きく見開いて大げさなくらい首を振った。

「えっ良いですよそんなん!」
「でも…」
「いやいや菜々子さんに払わせるくらいなら自分で払いますって!」

「…何の騒ぎ?」
押し問答になりかけたそのとき、2階から降りてきたらしいリョーマが、ひょいと畳の間を覗き込んできた。

「あれっ、君寝てたんじゃないの」
その姿を見てエリーはキョトンとして立ち上がった。「さっき呼んだとき出なかったのに」今起きたという訳ではなさそうだ。寝起きの格好でもなく、表情や声も寝起きのそれではない。エリーは首を傾げつつ、リョーマに近寄った。

「起きてたけど、めんどいから無視した」
「えええ……ん?じゃ、何で今は来たの?」
「ノド渇いたから」
「なるほど」

冷蔵庫を開けてお茶のペットボトルを出すリョーマに、あたしも飲むー!と言ってエリーはテーブルに置いてあったコップを手に取り差し出した。「自分でやれ」「けちー」すっかり取り残された菜々子は、いつもならばそのやり取りに微笑むだろうが。
菜々子も立ち上がり、リビングに入って時計を再び見る。時刻は9時35分。

「エリーさん、」
「はい?…あっ」

菜々子に呼ばれ、DVDの件を忘れかけていたエリーは「そうだった!リョーマ聞いて聞いて!」と飲み干したコップを置いて、椅子に座ってまだお茶を飲んでいるリョーマに話しかけた。

「何」
「あれ!この前君と借りて一緒見たDVD!昨日返す日!!」

畳に置きっぱなしになっていた袋を指差し、エリーは一気にまくしたてた。言葉足らずな気はするが、状況を麦茶と一緒に飲みこんだリョーマは「…マジ?」とコップを置く。

「うん。菜々子さん今何時っすか!?」
「9時38分、ですね」
「…もう駄目じゃないの」
「走れば間に合う…はず!」
「ふーん。気付いた時点で行ってれば間に合ってたかもね」
「…あ、…あー…!」

正論を言われてエリーはテーブルに手をかけ、再びうなだれた。菜々子は確かにそうかもしれないと思ったが、あまりに身も蓋もないリョーマの物言いをたしなめた。

「そんなこと言っては駄目ですよ、リョーマさん。二人で借りたものなんでしょう?エリーさんにだけ責任がある訳じゃないんですから」
「…う」

これまた正論を言われ、リョーマは肩をすぼめた。エリーは「菜々子さん素敵ー!」と言って拍手をしていた。

「じゃ、結局どうするの」
ただ今時刻は9時43分。畳から袋を取りに行き、エリーはそれを掲げる。
「走るさ!さあ行こ、リョーマ」
「俺も?」
「もち。二人の責任、だからね!」

ムカッとしたリョーマであったが菜々子の手前、出そうになった手は引っ込めた。その代わり、「…仕方ないね」と立ち上がる。
3人は玄関に向かった。渋々といった感じのリョーマを早く早くと急かしながら、エリーは靴を履く。菜々子は「間に合うと良いですね」と言って二人を見送った。
「ういっす!」
「はあ」
時刻は9時45分。レンタルDVD店はここから少し距離はあるが、あの二人の足ならばきっと大丈夫だろう。菜々子はそう確信して畳の間に戻り、また洗濯物をたたみ始めた。



「ま…っにあったー…!」
時刻は9時58分。全力ダッシュしたおかげで、エリーは何とかDVDを返却ボックスへ入れることに成功した。まだ開いてないものの、当たり前だが店の中にはすでに店員はいる。妙に気まずいのでそそくさと去っていった。

「ねえ」「ん?」
帰り道、自販機で買ったファンタを飲みながら二人はゆっくり歩いていた。伊達に青学テニス部もとい手塚(のグラウンドX周!)に鍛えられていないが、流石に少し疲れたのだった。

「今更だけど、アンタの自転車は?」
「あーあれ桃先輩に貸しっぱなんだよね。ついでに今から取りに行くか」
「…それは一人で、」
「んでせっかく部活休みだから今から遊びに誘ってー」
「…?」
「腹へったし、自転車のお礼にハンバーガー奢ってもらおっと」

ニヤリと悪い笑みを浮かべて「どうよ?」とリョーマの顔を覗き込むエリーに、意図を知ったリョーマも「…そういうこと」とエリーと目を合わせて笑った。そういうことならば、ついていくしかない。

「レツゴ、先輩ん家!」



「…ということがあったんです」
時刻は12時14分。菜々子は先程帰ってきた南次郎と倫子に朝の出来事を話していた。縁側で新聞を広げ、煙草を吸っていた南次郎の反応はというと、
「う〜ん…前々から思っていたんだが、菜々子ちゃんはアイツ等に甘すぎじゃねーか?」
「そうですか?」
キッチンで昼食の準備をしている倫子の手伝いをしていた菜々子は少しも思ったことはなかったと驚いた。「あら、いいじゃない」野菜を切っていた倫子は静かに微笑んだ。
「菜々子ちゃんは、あの子たちが可愛くて仕方ないんでしょう?」
「…ふふ、そうですね」

例え今、どこかのファーストフード店で二人が部活の先輩を(金銭的な意味で)泣かせていたとしても、菜々子にとってリョーマとエリーは可愛い可愛い弟妹のような存在だった。




実話ネタ。間に合ったときは泣きそうになりました。あれだけ全力で走ったのも久しぶりで…死ぬかと思ったもんです。
所でこの菜々子さんはうちの不二先輩と話が弾みそうですね。


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