dream | ナノ


投げたいファイル

「エリー、まだ?」
「あともーちょい」
「先帰っていい?」
「わっ待て待て待てーい!」

一ノ瀬エリー、ただ今大量のファイルと戦闘中。
どうしても、自分のリュックの中に入らないのだ。いらないプリント類はまとめてゴミ箱に放り込んだ。ラケットは出したり、小物はスカートのポケットに詰め込んだりして、なるべく空にしたリュックでも入らない。こうすればいけるんじゃないかと、さっきから中身を入れたり出したりを繰り返していた。
今日は部活はないので急ぐ必要はないが、もたつくエリーにもう数十分は待たされている。空腹感も相俟ってイライラしてきたリョーマは、早くしろと教室の外から急かす。

「おーい一ノ瀬」
「んあ?何スか先生」
「残りは明日持っていったらどうだ?入らんだろ」
「だって一気に持っていきたいんスもん」
「そうか…まあお前なら出来る。頑張れ」
「うぃっス!」
「というか俺も腹へったから早くしてくれないか」
「げっ、先生までそんな…!」

カギがついている輪っかを指でくるくる回すは1年2組副担任だ。教壇横の椅子に座りながら、副担任もまたエリーを急かしてきた。彼は生徒たちが出ていき、誰もいなくなった教室を施錠する仕事がある。すでに教室にはエリーしか残っていなかった。

「センセ」
「うん?何だ、越前」
「コイツ置いて、カギ閉めてもう行きません?」
「おお良いなそれ」
「ちょおおお何言ってんの君!先生もノらないで!あたし泣きますよ!?」
「泣けば?」
「はは、冗談だよ。安心して早く片付けてくれ一ノ瀬」
「…」

リョーマはいつものことだが、爽やかに笑う副担任をエリーは初めて鬼だ…!と思った。
数分後、ようやく詰め終わったエリーは「リョーマ!終わった!終わったよー!」と、走って抱きつきに行った。が、リョーマは右腕を伸ばしてそれを制し、「リュック」と簡潔に一言。「あ、忘れてた」自分の机まで戻り、エリーはパンパンに詰まったリュックを背負う。

「一ノ瀬、それ重くないか」
「え、全然」
「…すごいな」
「へっへーあたしの力、ナメないで下さいよっ」
「あ、越前行ったぞ」
「!? あんにゃろ…!おい待てリョーマー!!あ、先生さいなら!」
「おー、バイバイ」

先に行ってしまったらしく姿が見えないリョーマに気づいたエリーは、机にかけておいたラケットを持ってバタバタと教室を出て行った。副担任はその背中を見送り、カギを閉めるべく腰をあげるのだった。


追いつき、エリーは文句を言い、リョーマはそれを軽くあしらって、2人が昇降口に向かう最中。ふと思い出したようにリョーマは聞いた。

「ねぇ、それどうするの?」
「どれ?」
「それ」

背中にある黄色いリュックに視線をやられたので、エリーは質問の意味を「ああ」と理解した。

「ファイルのこと?」
「ん。まさかお前が勉強するはずないし」
「そりゃそーだけども、何かその言い方トゲありませんか隊長…」

エリーにジト目で見られたことは早々にスルーして、リョーマは話を促した。

「で、どうすんの」
「別にどーもしないよ」
「はあ?じゃ、何でわざわざ持って帰るの」

そんな重たいものを。まあエリーにとってはそうでもないだろうが、何にせよ何故そんな面倒なことをするのか。リョーマに純粋な疑問をぶつけられて、エリーは逆に戸惑った。

「え…ひょっとして君聞いてなかったん?」
「何を」
「朝もさっきのHRでも言ってたじゃん」

1月の中旬。もうすぐ我らが青春学園中等部の推薦面接がある。1年の階全体を面接会場とするため、教室にあるものは全て処分せねばならない。生徒の持ち物も速やかに家に持って帰るようにとのことだった。
右手に持つラケットを揺らしながら、つっかえつっかえな説明をするエリーに、リョーマは黙った。

「いつまで?」
「明日だってさ。知らんかった?」
「知らんかった」
「あらら…あたしでも聞いてたのに、そっちがどーすんのやん」

今度はエリーが苦笑気味に聞く番だった。先週から言われていたことを本日知り、急きょ一気に持って帰ることにしたエリーも人のことを笑えないが。
しかし先程のHRが終わった直後の、ファイルや教科書を持って慌ただしく動くクラスの皆やエリーを見ても、何かあったのか、などと少しも思わなかったのらしいリョーマもリョーマだ。

「それ、絶対?」
「忘れたもんとかは、先生が捨てるらしい。本当かは謎」
「…メンドくさ」
「しゃーない」

去年の1年、つまり今の2年の先輩たちも、自分たちの為に頑張ってくれたのだろう。ならば今度は自分たちの番だ、というエリーの単純な考えにリョーマは同意出来ないようだ。
昇降口についた2人は一旦足を止めた。

「…戻る?カギ、取ってこなきゃだけど」
「…メンドイ」
「…ホント、しゃーないなあ」

エリーはリュックに入りきれず、左手で持つことにしていたファイルを靴箱の上に置いた。そして思い切り伸びをした。身体を伸ばすのは、エリーの好きな行動の一つだ。

「手伝うよ」
「え?」
「明日。あたしは今日で全部持っていくから明日は楽だし」
「…」

今日何もしないなら、リョーマの明日の負担は相当だろう。だからといってまた戻るのも面倒くさい。というかもう全部が面倒くさい。そんなリョーマの気持ちをしっかり把握したエリーは、自分が出来る提案を出した。

「…何で?」
「何が?」
「そんなことしても、エリーに何もメリットないじゃん」
「? 好きな子の助けになりたいって思うの、当然じゃん」
「…それだけ?」
「え、うん」
「…何か、変なこと企んでんじゃないの」

何とも自分にとって都合の良い申し出に、それを条件に何かやらされるんじゃないかとリョーマは思った。疑いの気持ちが顔によく表れていた。その様子を見てエリーは、持っていたラケットをびしっと真っ直ぐリョーマに向ける。

「君はもうちょい素直に人を頼れ」
「お前に頼るってのがね…」
「だーかーらー、それが素直じゃないって」

ひっでえの、と腕を組んでつーんと口を尖らすエリーは、本当に純粋に手伝いたいだけだったらしい。それを知って、流石にこれは自分が悪かったか、とリョーマは「…ごめん」と小さく呟いた。

「おっリョーマが謝るなんて珍しー」
「…何、悪い?」
「いんや、良いこと良いこと」

そう言ってエリーはにいっと笑った。笑いながら、放置していたファイルを手に取る。

「んじゃ帰りますか」
「…ん」

靴を取って、履き始めたところで「あ、そうだ」とエリーが言った。

「リョーマ、手ぇ出して、手」
「…?」

訝しげに言われた通りにする――いつもならありえないことだが、まだばつがわるいようだ。いつもこんな素直だったらな、まあそんなリョーマなんてらしくないけど、とエリーは思った――リョーマの手に、ポンッとファイルを乗せた。

「せっかくだから、これ持ってもらおっかな」
「は?」
「そしたらあたしにもメリットがあって君も納得するっしょ?」
「…」
「どーよ」
「…まあ、いいけど」
「うし!取り引き成立したところで今度こそ帰りますか!」
「ん」
「それは頼みましたぜ、隊長」
「はいはい」

何だかすっかりエリーのペースになっているのでリョーマはムッとしたが、今日は勘弁することにした。明日は重たいファイルを持たせてやろう。それが照れ隠しだってこと、知られているだろうから。あ、やっぱムカつく。

「エリー」
「なーんだい」
「帰って、昼飯食べたらテニスするよ」

1年2組 一ノ瀬 エリー、と独特の字で記された名前があるファイルを持ちながら、リョーマがぽつりと言った。エリーは左手が楽になったので、ポケットからボールを取り出してラケッティングをしていた。言われて数秒経ってから誘われたことを認識し、横を向く。不敵な笑みを浮かべているリョーマと、視線を交わした。

「…おぉ、良いけど」
「覚悟しててね」

あ、いつものリョーマに戻ってる。こりゃボロボロにされるかな。くっくと笑ってエリーはラケットを思い切り振り、ボールを一際高く上げた。

「…上等!そっちこそ今日は覚悟しとけよ」
「へぇ、何で?」
「最近新技生み出したからな!あれで君に今日こそ勝つし」
「ふーん…。楽しみにしとくよ」

そんな掛け合いをしながら、2人は家へと歩を進めていった。

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