dream | ナノ


何よりの特効薬です

今日は何だか調子が悪いみたいだ。鼻水がびーびー出るし、咳が止まらない。おかげでのどと鼻の奥が痛い。やっぱこれは昨日の夜、何も羽織らないでパジャマ一枚で寝たのがいけかったかなー。冬を侮ってたあたしが悪いのか…ちくしょう。今夜は重装備しよう。そう堅く決心した。

お昼休み。いつもと違って今日のあたしのテンションは低かった。いや授業が終わるチャイムが鳴ったときはHIGH!だったよ。ただ弁当を食べ始めて数分経った今、下がりまくりだよ。
咳のせいでご飯が非常に食べ辛い!鼻水はちょっと止まったけど、咳は何だか時間が経つにつれ酷くなってるよーな気がするよ!どうして!お腹が減ってて目の前にご飯があるのに胃の中にかっこめないなんていじめだ…ううう。
流石にリョーマが「…大丈夫?」と声をかけてきた。ええい咳ごときに負けてたまるか!と自分に言い聞かせるように「大丈夫!」と言った。咳交じりのそれはきっと説得力はない。大丈夫大丈夫、心の中でも繰り返す。そうだ、それにリョーマが心配の言葉までくれたんだ!だから大丈…ん?心配?

「えっ、リョーマ、あたしのこと心配してくれてるの!?」

あ、やべえ。気づいたときにはもう遅い。台詞とともに、卵焼きの欠片が口からぶわっと出てきてしまった。
しかし、見事すぎる反射神経によって、それ等からさっ!と身をかわしたリョーマに「すげぇー!」て素直に感心してたら、「すげぇ、じゃない!食ってる最中に喋るなっ」と叩かれた。痛い。
すいませーん…わざとじゃないのよ。だからそんなしかめっ面しないで。手塚部長みたいになったらどうすんの。あ、でも「グラウンド20周!」て命令するリョーマは何か良い。どこまでも走っていけそうな気がするな!
そんな妄想をしながら、ちゃんと卵焼きを飲み込み、ドキドキしながら改めて聞いてみた。

「…んで、心配してくれてるんですか」
「別に。うつされたら困るだけ」
「うっわ冷たっ!!」

窓の外で吹き荒れている風の何百倍も冷たいお言葉に、ガックリ肩を落とし涙しました。12の冬。いくらなんでも酷すぎないかい越前さーん…自分の事しか考えてないんかい!
でも確かにリョーマにこれをうつすワケにはいけないよなー…。治るまでは、うかつに抱きついちゃダメだな。…咳をこんなに憎く思ったのは生まれて初めてだよ…。
学校終わったら倫子さんか菜々子さんに言って病院行こうっと。慣れてないからか、あたしは病院が嫌いなんだけど…やむをえんか。
溜め息つこうとしたら咳が出た。…咳のバカやろー!


「ごちそーさまっした」
「エリー」
「うん?」
「はい」
「!? わっ、っとっとっと」

弁当箱をカバンの中に入れたそのとき。先に食べ終わって、何だか落ち着かない様子(ポケットに手ぇ突っ込んで目を泳がせてた)だったリョーマがあたしに何かを投げた。ちょっとビックリしつつ、小さいそれを受け取った。

「え、なにこれ」
「飴」
「いや、それはわかるけど。…あたしに?」
「いらないんなら、いいけど」
「いいいいる!いるとも!ちょういる!貰う!!」
「…そう」

リョーマは伸ばした腕を引っ込めた。せっかくくれたモノを返すなんてもったいない。ましてリョーマからなんて、いらない訳がなかった。
つい握りこんでたそれを、改めてまじまじと観察した。飴は飴でもそれはのど飴だった。…のど飴。のどが痛い人用だよな、この飴。ちょっと苦いの。のどが痛い人…あたし。くれたのは、リョーマ。…あたしのために?

「…か、」
「え?」
「…か、か、か、」
「蚊?」
「家宝にさせて頂きますっっ!!」
「…はああ?」

座ったまま、リョーマの方を向いて勢いよくおじぎをした。思わず叫んじゃったけど、のどの痛さなんて全然気にならなかった。
あのリョーマがあたしに何かくれただけでも嬉しいというのに、しかもそれがあたしを気遣ってくれたものなんて!!嬉しすぎてどうにかなりそうだった。
飴にほっぺたすりすりしながら、幸せを噛み締めていた所で、いきなり頭を叩かれた。誰にって一人しかいない。

「ちょっと、アホエリー」
「アホ!? ちょっと、いい気分なのに何だい越前さん」
「…アンタ、飴、食べない気?」
「え、うん。家宝にするって言ったじゃん」
「…」
「それがどうかしたの?」
「…やっぱ、アンタ、アホ。それも、究極の」
「えええ。何でさ」

せっかくリョーマがくれたものを食べるなんて!そんな勿体ないことする訳ない。てか、あたしには出来ない。無理。大事に、大事に、一生取っておくんだ!そう力説したら溜め息つかれた。

「あのさ…」
「そうだ!不二先輩にも教えてあげなきゃ!」
「は?」
「ちょっとあたし行ってくるね!」

この喜びを独り占めするのも勿体ないな。先輩と分かち合ってこよう。きっと同じように喜んでくれるはずだ。極上の笑顔つきで。
立ち上がって今まさに教室を出ようとした所で、肝心なことを忘れてたことに気付いた。危ない危ない。急いでた体にブレーキかけて、リョーマの元へ一旦戻った。

「リョーマー!…あれ?おーい、大丈夫か隊長ー?」
「…エリー」
「おう!あのさ、言い忘れてたことあったや」

ありがとう!
それからボーっとし続けてるリョーマに思いっきり抱きついた。だけどすぐ離れた。名残惜しいけど、今はジッとしていられなかった。

「んじゃ!先輩のとこ行ってきー!!」
手をぶんぶん振って、あたしは再び走り出した。右手で握ってる飴を何度も何度も見てニヤけながら。へへへへへー。


「…のど、もう、治ってんじゃん…」
残されたリョーマの精一杯の突っ込みは、あたしの耳に届くことはなかった。

[ ]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -