dream | ナノ


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リョーマはいつもより大分穏やかな昼休みを過ごしていた。それもそのはず、常にうるさい原因であるエリーが用事があるらしく、昼食を食べ終えて早々どこかへ行ったからだ。
一人でいることの心地よさと、満腹になったのとで襲ってくる眠気に身を委ねようとしたところで、

「りょーまー! 見てみてこれこれ、これっ!!」

エリーが戻ってきてしまった。笑顔全開で。またこのパターンか、とリョーマは駆け足でこちらへ向かってくるエリーを睨む。

「うるさ…っ、って、何これ」
「読めばわかる」
「…『漢字検定 5級 合格おめでとうございます』…?」
「ふふー」

何やら持っていた紙を眼前に突き出された。リョーマは怪訝な顔つきでそれを読むと、そこにはエリーが先月に受けた漢字検定の合格した旨が書かれていた。

「…へぇ、受かったんだ」
「うん! も、すっごく嬉しい」
「あ、そ。良かったね」
「うん!」

その心底嬉しそうな顔にリョーマがふと思い出したのは、問題集を見てうんうんと唸る受験前のエリーだった。
検定を受けると知って、テニス部の先輩方がそれはもう色々と世話を焼いていた。いちいち過去の問題集(昔使ってたものらしい)まであげてるのを見て、つくづくあの人たちはエリーに(次いで、自分にも)甘いと思ったものだ。
まあ、珍しく真剣に頑張っているエリーの姿は悪くなかった、とも思う。ここは素直に賞賛してやろう。しかし一つ、少しだけ気になっていたことがある。

「…どーでもいいけど、何でまた、これやる気になったの?」
「へ?」
「お前、検定とかあんま興味なさそうだったじゃん」

検定というか勉強全般にエリーはあまり関心を寄せないし、苦手にしている。テニスと漫画と、面白いことには敏感。しかしそれ以外はとことんスルー精神な人間だ。そこら辺に呆れはするが、リョーマ自身もあまりテニス以外は興味がないので何とも言えなかった。
聞かれて数回瞬きしたあとに「ああ、」ポンっと手を叩いてエリーは言った。

「んっとね、漢検のポスターに、漢検受かったら○○できるよーってずらずらと書いてあってー、最後あたりに『気になる彼・彼女のハートを射止めることができるかも!』って書いてあったから」
「…はあ?」

喋りながらエリーは自分の席に座り、イスは横向きにして、机に凭れてエリーを見ていたリョーマと向き合う。それから嬉々揚々と自分が検定を受けた目的を語った。

「やー思えばリョーマ、国語苦手っしょ?だから漢字教えたりして、博識なあたしにときめかせ、リョーマのハートをゲットだぜ!みたいな」
「…んなしょーもない理由でやったわけ」
「いえすあいどぅ!」

さっきの俺の賞賛を返せ、今すぐ。感心してた自分が間違っていた。エリーはどう頑張ろうとエリーでしかないのだ。惑わされてはいけない。リョーマは顔を打つ伏せにして、深い溜め息をついた。

「お〜い?どしたリョーマー」
「……ねえ、エリー」
「うん?」
「その検定の問題あるなら貸して」
「? えーっと…あ、あった。はい」

エリーは机の中からごそごそ探して、くしゃくしゃになっていた問題用紙をリョーマに渡した。体を起こして受け取って、それをパラパラと捲って見ること数秒。黙ったままのリョーマをエリーが不思議そうに見ていること数分。

「…」
「…」

(横顔も、いやいや360度どっから見てもかっわいーよなー。ああでも今の表情は綺麗って言った方がしっくり来るか?)とエリーが考え始めたところで、リョーマがようやく口を開いた。

「…これぐらいなら俺でも解けるんだけど」
「えええっ!マジで!?」
「うん」
「んな…え、ちょっと待ってそれ貸して」

その言葉にエリーは驚いて仰け反った。だってリョーマは帰国子女だから国語が苦手で、自分も得意ではないけれどあっちよりは、と思ってたのだから。真実を探るべく、慌てて問題用紙を奪い取り、その中のある問題を指さした。

「ええと、あ、これ!これ何て読むか知ってる?」
「×××」
「答え答え…あ、あった。合ってる…」
「でしょ」

合格通知表と一緒に貰った解答用紙を見て、確認する。合っていた。2・3度見る。やっぱり合っていた。もう一度。…やはり合っていた。(い、いやいやまだまだぁ!)エリーは意気込んで、今度は書き取りの問題を出してみた。

「じゃ、じゃあこれは!これは書ける!?」
「…」

リョーマは無言で机上に置いてあったシャーペンを取り、出題された漢字を机に書いた。

「…合ってるとかうそやん!あたしこれどっちも解けんかったやつなのに…!」
「…はあ」
「うーそーだー!」
「俺よりアンタの方が日本語出来ないんじゃないの」
「えっ、あたし英語においても日本語においてもリョーマに勝てないってこと!?」
「バーカ」
「あああああ…」

あまりのショックにエリーは、暗い雰囲気を思いっきり漂わせて、机に突っ伏した。リョーマでさえも気の毒に思えてくるぐらいの落ち込みようだった。

「…別にそこまでへこまなくても」
「へこむよ!」

その呟いてしまった一言に、エリーは勢いよく起き上がり、リョーマをキッと睨んだ。涙目で情けない顔をしてたので、怖くも何ともなかったではあるが、そんな表情を初めて見たリョーマは少々戸惑った。

「…何で?」
「だってそりゃ、リョーマに、好きな子に何一つ勝てるとこがないなんてへこむじゃん悔しいじゃん!テニスも勝てないし!」
「ばあ?」
「何でリョーマはそんなカッコイイのさ馬鹿あああっ!」

エリーは顔を両手で覆い、ぷるぷる震えながら意味不明なことをわめき始めた。そんなこと言われても、とリョーマはぽかーんとしつつ困った。どうしよう、これ、うるせぇ。とにかくエリーは自分に負けっぱなしなのが悔しいんだろうか。そこである一つのことが思い浮かんだ。

「あ」
「…う?」
「あるじゃん、エリーが勝てるの」
「えっマジで!?何々!?」

途端に顔を明るくするエリーに、リョーマはふっと笑って答えた。

「その馬鹿なとこ」
「…嬉しくない!それ全然嬉しくなーーーーーーい!!!」


数日後。次は漢検1級に挑むんだ!と猛勉強を始めたエリーが知恵熱を出す姿が見られた。

「生まれて初めて熱出したや…死にそう」
「…やっぱ、アンタ、馬鹿」
「うう…漢検〜…っ」
「はいはい、わかったからもう寝て」

そう言って、乱暴に冷えピタを額に張ってきたリョーマに、頭がぐわんぐわんして苦しいけど幸せを感じる自分は確かに馬鹿かもしれない、なんて思いながらエリーは目を閉じた。




珍しく越前さんが甘いのはアレです。
弱い人(テニスに関しては除く)には優しいからですあの子。


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