blow and strike
びゅおおおおお。そのとき、強い風が二人を襲った。雨が止んでから乾き始めの――水を含んで少し硬い――グラウンドの土砂が漏れなくセットで。全くもっていらないサービスだ。防ぐ術は何もなく(何せ着の身着のままだ)、頭から足まで全身に吹き荒れたそれを受けることになった。
「っ」
「〜〜!」
どんっ。顔に直撃をしたエリーは目が霞んで前が見えなくなり、身体がよろめいた。そうしてリョーマとぶつかってしまった。
「! ちょっと、エリー」
「あ、すまん…砂が目に入って。…いだい……」
「擦るなよ」
リョーマは呆れて、目元をごしごしと両手で擦るエリーを見た。しばらくして、二人は止めていた足の動きを再開させた。つまりまた走り出した。「ちくしょう風め…あたしに何の恨みがあるんだ…!」涙が出た目を体育着のえりで拭きながら、エリーは文句を垂れた。
「お前の注意力が足りないんじゃない?」
「何ですと。じゃあさっきリョーマはどうやってあれ防いだの」
「咄嗟に目を閉じたけど」
「…いや待て待て。今は並んでるけど、さっき君はあたしの後ろにいたよな」
「それが?」
「あたしを盾にしてたってことじゃんか!」
「…結果的にはね」
わざとではなかったのは確かだ。ただ走るのも何だから競争でもしようぜというエリーの提案のもとで抜きつ抜かれつ、そして先程はたまたまエリーが前にいて、そのときにたまたま風が吹いただけだ。責められても困る、とリョーマは思った。
「まあそれはいいとして、あたしが言いたいのは」
「(いいんだ)…何」
「あのポケモンの技みたいな砂風を、真っ向から!しかもいきなり受けてみ?注意力云々の問題じゃないんだぞ!」
「…え、そここだわってたの?」
「うん。ほら前行け行け〜」
「…はあ」
リョーマは少し速度を速め、言われた通りエリーの前に行く。たったったった。二人は走る。
「…」
「…」
「…何でこういう時に限って来ないんだ…」
「バーカ」
空は相変わらず曇っている。風はそよそよと、気持ちいい程度にしか吹いていない。エリーはうな垂れる。リョーマは無表情のまま嘲った。二人は走る。そのとき。ぴゅうう。
「…」
「(お、くるか!?)」
びゅおおおおお。
「キターッ!」
「っ、」
またしても突風が二人を襲った。そして立場が逆なだけで、二人は前回と全く同じ行動をとった。後ろにいたエリーは咄嗟に目を閉じ、足を止めた。前にいたリョーマは、一度経験があるから大丈夫だろうと高を括っていたが、甘かった。目を閉じても、顔に当たる砂が結構に痛かった。その衝撃に負け、小さな身体はよろめく。そして、
「あ…」
「ほら、な?どうだあたしの気持ちわかったか!」
「…それより何この体勢。離せ」
先程のエリーのように、リョーマもぶつかった。そのときエリーは目を閉じていたが、リョーマの体温を感じたので本能のままその腰に両腕を回し、抱き締めた。おかげでリョーマはエリーにもたれ掛かるようなかたちになってしまった。
「せっかくぶつかってきたんで受け止めてみました。やだ」
見えないがわかる。こいつは今笑ってる。
「……」
「っだー!」
とてもとてもムカついたので、すたこらさっさとその腕から逃げた。強い力で振りほどき、ついでに思いっきりエリーの足を踏みつけた。
「ちょ、人の足痛みつけといて先行くなー!…いだい…うう」
「知るか」
たったったった。二人は再び、走り始めた。たったったった。それから少し経ったあと、不意にエリーが、はてと呟く。
「そういやさ、」
「ん」
「今何周目だっけ」
「え」
「え」
「数えてないの?」
「途中から忘れた。え、リョーマも数えてないの?」
「…」
「…」
たったったった。「グラウンド30周!」と、もはや恒例になっている、部長の手塚から言い渡された罰を二人は今日も受けていた。
たったったった。面倒臭いではあるが、鍛えられたエリーとリョーマにとっては、これくらい走ることは余裕の範囲であった。それどころか一周のタイムをいかに縮められるか、どちらが早く終わるかなどと競走したりもしていた。故に今まで周数を数え忘れることなどなかったが、今日はどうにも環境条件が悪かったようだ。
たったったった。二人は走る。エリーがぽんっと手を叩いた。リョーマは目だけでそれを見やった。
「よし」
「?」
「あと一周ってことで」
「有り?」
「部長にバレなきゃオーケーオーケー」
「じゃ、バレたらエリーのせい」
「えーそこは半分こでしょ」
「やだ」
「ぶーぶー」
軽快な足音と二人の言い合いは、他の部が練習しているので騒がしいグラウンドでは響かずに、風とともに消えていった。