dream | ナノ


Cupid-G

嘘だ。うそだうそだうそだ、だって、あんなの。…あんな、の。声にならない悲鳴を上げながら、何も考えずに部屋を飛び出てた。駆ける。自分が最も安心する場所まで。


飽きてきたからゲームとテレビの電源を切ったその時だった。壊れるんじゃないかと危惧するほど強く、大きな音を立てて、エリーがドアを開けて入ってきたのは。リョーマが呆気にとられている間に、エリーは一目散にベッドへ飛び込んだ。それからタオルケットで頭だけ覆った。それをぎゅっと掴む両手と、見えない顔と、一目で震えてるとわかる身体。今まで見たことないエリーの様子だった。今は夏なので、寒いわけはない。ならば、…怯えている?…あのエリーが?常にあの憎たらしいほど底抜けに明るい、エリーが。

「…エリー」
考えてもわからない。本人に聞くしかない。ゆっくりと立ち上がって、ベッドで縮こまっているエリーに近付く。近くで見るとますます尋常じゃない震えだ。

「エリー、ってば」
リョーマが呼びかけても反応しない。いつものエリーだったら絶対にありえないこと。無視しても良かったが、ここは自分の部屋でこれは自分のベッドなのでそうもいかない。寝るために必要なものだ。エリーは、不要だ。それに、ちょっとだけ気になる。エリーをここまで(多分)怯えさせているのは何か。本当に、ちょっとだけ。

「怒、るよ」

揺さぶっても駄目だった。唸り声しか聞こえないので不気味だ。仕方ない。少々強引に、エリーの頭を覆っているタオルケットを剥ぎ取った。否、剥ぎ取ろうとした…が、エリーの力は強かった。元々強いのに加えて奪われて堪るか!といった意思もある(多分)ので、文字通り手強かったのだ。リョーマはだんだんイライラしてきた。落ち着けエリーに振り回されるな俺。そこで一旦手を止めエリーの隙をついて、全力で引っ張る。そうして今度こそタオルケットを剥ぎ取ることに成功した。

「ぬおっ!?」
「…何やってんの、アンタ」

ようやく見れたエリーの顔は、普段だったら笑い飛ばしている所だ。なのに今は出来なかった。酷く驚いてリョーマを見上げているその目には、わずかに涙が溜まっていた。それはもう少しで零れそう…と思った所でぼろっと零れた。エリーは歯をキツク食い縛って体育座りをし、キツク抱きしめた膝と膝の間に顔を埋めた。

「どうした、の」
毛布を持ったままリョーマはおろおろした。エリーのぶっ飛んだ行為や感情は慣れたもんだが、泣いたときの対処法は未だ見つかってない。上擦った声が出てしまった。それに対して掠れた声が返ってきた。

「…や…奴がっ…奴が来やがったんだ…!」
「…奴って誰」
「奴って言ったら奴しかいないじゃん!」
「わかるか!」

問いかけにエリーはバッと顔を上げて主張するも、リョーマには伝わらなかった。

「わかってくれよう」
「無理」
「…部屋」
「は?」
「あたしの部屋行ったらわかる」
「だから、何が来たんだよ」
「口にするのもおぞましいもの」

ボソッと呟き、また顔を伏せたまま動かなくなった。このままでは埒が明かないので、しぶしぶ言われた通りにエリーの部屋に行くことにした。


開けっ放しのドアと何やら散乱したモノたちを見て、自然とため息が出た。しかし問題はこれからである。中に入り、リョーマはザッと部屋を見渡した。「…何もないじゃん」
上記の散乱したモノたちの例を挙げるならば。棚の上にある漫画(放り投げた?)。転がってるコップ(割れてはいないようだ)。ベッドの上の垂れたシーツ(引っ張ったような形跡)。…エリーが一人で大騒ぎしたのはわかった。肝心の『奴』とやらの正体だけが謎のまま。
踵を返そう。そして戻ってエリーに「帰れ」と告げるのだ。そう思い、部屋を背にした所で何かを感じた。振り返る。すると、先程は見えなかった黒い物体がカサカサ動いているのを発見した。「…」色々思うことがあったが黙ったまま、とりあえず自分の部屋へ向かった。


部屋に入った瞬間、先程と変わっていない姿勢のエリーと目が合った。無言でベッドに腰かける。思い切り体重をかけたので、スプリングがぎし、と鳴った。

「おかえり。…奴はいたか」
「ただいま。…ねえ、奴って、ゴキブリのこと?」
「うわあああその名前言わないでリョーマの声と言えど寒気がするからあああ」

夜だというのにも関わらず大きな声をあげて、手で耳を覆いぶんぶん顔を振る。リョーマは驚きと呆れと疑問が混じった複雑な表情をしながら、そんなエリーを見つめた。

「嘘でしょ」
「…何が?」
「あんなのが怖いとか」
「あんなの!?あんなのって何だリョーマは奴の恐怖を知らんのか!」
「知らん」
「黒光りしてるんだよ!動き早いんだよ!あれで飛ぶんだよ!?」
「…はあ」
「奴なんて地球上から一切合切消えてなくなればいいんだー!」

夜だというのにも(以下略)…ぶるぶる身体を震わせながら早口で捲くし立てられ、また溜め息。どうやらよっぽど嫌いらしい。きっと『奴』がいなくならない限り、ここから出て行くこともないだろう。そう判断して、リョーマは9.9割以上は自分の安眠の為に、0.1割以下ぐらいはエリーの為に、立ち上がった。――仕方ない、か。棚から適当にいらない雑誌を探し出して、手に取った。それを丸めて、握る。「…リョーマ?」エリーの声は無視して、部屋を出た。何だか夜から忙しないなと思った。


再び、エリーの部屋へ。パッと見た所、その姿は見えなかった。ああ面倒臭い。だるそうにあくびをしながら、探してみる。机の裏。天井。棚の裏。天井。ベッドの下。「…いた」いた、と言うか出てきた。すぐさま丸めた雑誌で叩く。床に鈍い音が響いただけだった。逃げられたようだ。確かに動きはまあ早い。だが、仕留められない程度ではない…。追いかけて、今度こそそれの上に雑誌を振り下ろした。バシッ。「…まだまだだね」持ち前の動体視力とすばやさにより、晴れてリョーマは今夜の騒動の原因を潰すことに成功したのであった。


後始末をして、何となく手を洗って、ようやく帰ってこれたときは時刻は十一時を過ぎていた。エリーはベッドの上で体育座りのまま横になっていた。こんなに自分は面倒なことをやってあげたのに、本人は、寝ている。その安らかな寝顔がまたムカついて、リョーマは頬をぐいっと引っ張った。完全に寝ていた訳ではなかったようで、エリーはすぐに起きた。

「いだだたた…あれ?あたし寝てた?」
「人に虫退治させといて、良い身分だね」
「えっリョーマ退治してくれたの!?」

ガバッと起き上がってリョーマを見るエリーの目は、あのときと違ってキラキラしていた。つまり要するにいつもの顔だ。

「別に、お前の為じゃないし」
「…はははっ。もう〜素直じゃないんだから。…リョーマ!」
「何」
「ありがとう!」

リョーマの手を取り、エリーは満面の笑みをたたえてお礼を言う。そう素直に言われたら、悪い気はしなかった。しかし。

「じゃあ」
「?」
「帰って」
「え」
「もういないでしょ」
「…えー」
「えー、じゃない」
「いやほら、まだ別のがいるかもしれないし…」
「そんなこと言ってたらキリないじゃん」
「だってその…もう身も心もくたくたで動けないというか…」
「それ、こっちの台詞。早く寝させてくれない」
「おおおお願い…!」
「…はあ」

少々の押し問答をしたあと『ベッドから退き、床の上で寝ること』を条件にリョーマが譲歩することになった。エリーは了解し、腕を枕にして床に寝っ転がる。リョーマは電気を消して、ベッドに身を沈めた。うーんと伸びをした途端に、どっと疲れが全身に押し寄せてきた。腕を額に置きながら、今夜起こったことの一部始終を思い返す。何やってたんだか、全く。それもこれも全部、馬鹿エリーの所為で。…ああ、それにしても。

「まさかお前が虫嫌いとはね」
「おわっ、起きてたんかリョーマ。…まあ他の虫は大丈夫だよ一応。雷もお化けも怖くないけど、奴だけは無理。ちょう無理」
「へえ…意外」
「そう?」
「うん」

怖いものなど何もないのだと、てっきり。エリーのような奴でもあるのか、恐怖や苦手を感じるもの。何だか感心してしまう。ふと、笑いがこみ上げてきた。事が済めば、あの尋常じゃなかった様子も面白く思えてくる。

「え、何で笑ってるんですか越前さん」いきなり聞こえてきたリョーマの笑い声に、エリーは反応せずにはいられなかった。「聞いてるー?」返事はない。「何かすごく恥ずかしくなってきたんだけども」(あんな姿見られちゃったし。多分そのことで笑っているんだろうし)「うわあもう頼んます笑わないで下さい」(居た堪れないとはこういうことか!)

エリーの懇願に、今度は返事があった。「……やだ」


声を噛み殺して一通り笑って満足したあと、リョーマは暗闇に向かって小さく言葉を吐き出す。

「エリーの弱み知れて良かった、かも」
「それはまた、どーゆーことで…」
「さあ?」
「怖っ。ちょ、何かに使ってくるとか無しだかんな!泣くぞ!?」
「さあ、ね。おやすみ」
「待てリョーマ!話まだ終わってないんだから寝るなー!」
「うるさい」

夏の蒸し暑い夜に、ヒヤっとさせられた出来事だった。




冒頭文はrewrite様から。Special Thanks!!&Love!
怯え泣き叫ぶ夢主ちゃんと、それに動揺する越前が書きたかったのです。
そして何気に初めて言わせてみました「まだまだだね」…初めてがG退治で使われるって我ながらどうだろう。あは。


[ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -