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だって君が

「礼!」
「っしたぁ!」

4月某日。
青学男子テニス部にて、都大会レギュラーを決めるランキング戦が終わった。レギュラーになった8人。その中で、ただ一人だけ2・3年と戦い打ち勝った1年…越前リョーマ。…に向かって、ある物を持ちながら、走る少女がいた。

「リョーマーっ!」
「っ?」

名を呼ばれ振り向いたら、少女…一ノ瀬エリーの笑顔が見えた。と思ったら、エリーは手に持つ三角錐の物体を上空に向けて、ついてる紐を思いっきり引っ張った。パーーーン!

「レギュラー決定おめでとーっ!」
「…」
「イェーイ!」

パラパラパラ…。破裂音と共に、勢いよくリョーマの周りに小さな紙切れが分散した。微かな火薬のにおい。突然の事に目を丸くするリョーマ。変わらずにこにこ顔のエリー。暫くして、リョーマは頭についた紙切れをそっと摘んだ。

「…何これ」
「クラッカー」
「…どこから、こんなん」
「昨日100均で買ってきました」
「昨日?」
「うん!勝つって信じてたから」
「…」

クラッカーをズボンのポケットに突っ込んで、エリーは大きく拍手した。もう一度「おめでとう」と言いながら。リョーマは開いた口が塞がらない、といった所だった。そんな二人の元へずかずかと眉間に皺を寄せた人物がやってきた。

「一ノ瀬!」
「うわっ、ぶちょー!?」
「何してるんだ」

部長である手塚だった。いきなり呼ばれて少々ビックリしたが、その冷たい声と視線に怯むことなくエリーは質問に答える。

「えーっと…お祝い?」
「ここでか」
「家でもやる予定ですが」
「…」
「…駄目でしたか?」
「…」
「…いやその、居ても立っても居られなくなってですね」
「…」

腕を組みながら無言で見下ろしてくる手塚に、エリーは流石にヒヤヒヤしてきた。リョーマは身体に付着した紙切れを払って、こっそりと逃げた。そこにまた一人、ふふふと微笑む人物が。

「まぁまぁ、手塚」
「不二」
「クラッカーでお祝いなんて可愛いじゃない」
「しかし…」
「ちゃんと片付ければいい、って事で」

ね、一ノ瀬さん?と微笑まれたら頷くほかない。エリーはビシっと敬礼のポーズをとって直立した。

「…うぃ、ちゃんと片付けます!」
「クスッ。ほら、ね?」
「…わかった」

いささか納得のいかない様子だったが、まだ仕事が残ってる事を思い出して、手塚はどこかへ行った。

「ホッ」
「良かったね」
「不二先輩、助け舟ありがとうございます!感謝します!」
「いえいえ」

不二の手を取ってぶんぶん上下に振るエリーに、また不二は微笑んだ。
(良い人だ…!)(可愛い子だなぁ)
これが二人が仲良くなるきっかけだったが、それはまた別のお話。

*

帰り道。二人並んで歩く。エリーはうーん、と伸びをした。

「疲れた」
「…」
「クラッカーの紙切れってけっこう数あんのな…しかも四方八方飛び散ってるし」

室内だったらほうきで掃けば済むが、何しろコート内だったのでそうもいかない。全部、手で取る。そういうちまちました作業は苦手だ、と自分の肩を揉みながらエリーは言った。

「後のこと考えてなかったわけ?」
「うん。だって祝いたい一心だったし」
…いちいち?
「うん?」
「…別に」
「てゆか君、さっき逃げたよね」
「だって俺関係ないし」
「オイオイ、ひでーな」

自分まで怒られたら堪ったもんじゃない。そんなリョーマを責めることなく、エリーは少し屈んで顔を覗き込んできた。

「ねーリョーマー」
「何」
「せっかく勝ったんだからさ、もっと喜ぼーよ」
「…」

いつもと変わらぬその仏頂面に、エリーはむぅと口を尖らす。

「それともなんだ、レギュラーなるなんて楽勝だぜっ、とか思ってる?」
「…違う」
「だろ。凄い事なんだよ。さぁ喜べ!あたしも嬉しい!」

元の体勢に戻して、両手を勢いよく挙げるエリー。…不思議で仕方ない。

「…なんで?」
「え?」
「何で俺が勝ったら、エリーも嬉しいの」

不思議で仕方ない。エリーの事が。そんな他人の事に張り切って祝うことも。自分の事のように喜ぶことも。リョーマは訝しげに、うーんと首を傾げて唸る相手を見やった。

「そりゃー…んー…何ていやいいかなー」
「…」
「まぁとにかく、リョーマは勝ったら嬉しいっしょ?」
「…」
「だからあたしも嬉しい」
「はぁ?」

だからそれは何でだ、と聞いてるのに。答えになってない。苛立ちすら感じて声を少し荒げると、エリーは何でもない風にさらりと言った。

「君が嬉しいならあたしも嬉しい。それだけ」
「………」
「あ、さっき倫子さんに連絡しといたから。今夜はご馳走だぜ!」
「…そ」
「嬉しい?」
「まぁね」
「ふふーっ」

頭の後ろで手を組んで満面の笑みを浮かべるエリーに、リョーマは小さく「バーカ」と呟いた。

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