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緑、滴る、夏

だるそうに動かしていた手を止め、リョーマは顔を上げて先程からこちらに視線を向けてくるエリーを見据えた。「…エリー」「うん?」席を横から前へわざわざ移動し、頬杖をつきながらあくびをしていたエリーは声をかけられたことにきょとんとしている。

「ジロジロ見ないで欲しいんだけど」
「だってヒマなんだもん」
「先食えばいいじゃん」
「待つよ」
「何で」
「まぁ昼休みはまだまだあるし」
「そりゃ…」
「それに、リョーマと食べたいもん。それから、」
「まだあんの?」
「ははは」


いろいろ混じりあった声、におい、人たち。授業もとい勉強から一時的に解放された昼休みの教室は活気付いていた。いつもだったら中庭や屋上など外で昼食をとっている二人だが、今日はここにいた。リョーマが課せられた、つまりは宿題のプリントを解いていたからである。

「何かわかんないとこあるなら教えるぜー」
「…じゃ、これ、わかる?」
「…えーっと」
「えーっと?」
「…いやあ本日はまことに晴天で…」
「ごまかすな」

おもむろに窓の方を見やるエリーに呆れてため息をついた。リョーマが指した所は、エリーが苦手な数学の更に苦手な文章題だった。もちろん解ける訳ないと確信した上で問いかけたのだ。

「隊長の意地悪ー」
「ニヤニヤした顔で言ったお前が悪い」
「さっき?」
「うん。ムカついた」
「ぶーぶー」

リョーマは書くことを再開し、エリーは足をぶらぶらさせている。

「てか」
「へ?」
「これやったんだよね」
「うん」
「この問題…」
「ああ、とばした」
「…あっそ」

言いたいことがわかり、リョーマの言葉を遮ってエリーはにっこり笑顔。その答えにまた呆れたのだった。宿題を5時限目に提出することを二人はすっかり忘れていた。教えてくれたクラスメイトに感謝だ。エリーは4時限目のうちで先生の目を盗んでこっそりやっていた。ちなみにリョーマはその時ぐっすり寝ていた為、今急いでやっている訳だ。

「うあー吸い込まれそうな空だー」
「なに顔に似合わないこと言ってるの」
「え、似合う顔ってあるの」
「少なくともエリーは似合わないね」
「ショッキング。つーかリョーマはあたしのやることなすこと否定しすぎ!」
「否定したくなるようなことばっかしてるからでしょ」
「あれ?どうしよう言い返せない」
「へぇ、一応自覚はしてるんだ。えらいね」
「そんな無表情で言われても…はぁ。暑いな」

天井にある扇風機は忙しなく動いているというのに、教室内は暑かった。外では太陽が燦々としていて、セミたちが大合唱中だ。時折吹く風もとても微量で、全然涼しくない。エリーは額の汗を腕で拭って、不意に両手を叩いた。

「?」
「いいこと思いついた」
「げ」
「何その反応」
「エリーの『いいこと』は俺にとってろくなことじゃない」
「いいことだって! な、もうすぐ終わるっしょ?それ」
「…まあ」
「うっし。ちょっくら行ってくる!」

言うなりエリーは立ち上がって、自分のカバンから何かを取り出し、教室から出て行った。全く意味は分からないがまぁいいや、とリョーマはプリントに専念した。
数分後。

「…終わった」
リョーマはシャーペンを手から放し、榻背にもたれ掛かってぐったりしながら一言。暫くジッとしていたが、思い出したかのように体勢をもどし、カバンから弁当を取り出す。包みを広げ、ふたを開けて、箸を指に挟んで頂きますのポーズをとった瞬間に、エリーは帰ってきた。

「リョーマ!」
「っ」

驚いてこちらに詰め寄ってくるエリーは息が荒く、汗だくだ。どうやら走ってきたようだった。前で立ちながら呼吸活動を盛んに行っているエリーを、リョーマは眉をひそめて睨む。

「…アンタ、いちいち叫ぶな」
「ああごめ、っじゃなくて、何をしてらっしゃるっ」
「昼飯を食べようとしてる」
「んな、待っててくれたっていいじゃん…」
「何で」
「何で、って…ひでー。もう、そんなこと言う子にはせっかく買ってきたご褒美あげません!」
「はぁ?」

「じゃじゃーん」と、エリーは背中に隠してあった缶二本を机の上へ置いた。それは彼の好物である炭酸飲料だった。それにリョーマが目を注いでる間に、エリーは先程座っていたイスに腰を下ろした。

「どーよ」
「…“いいこと”ってこれ?」
「そっ!頑張ってる君に!」
「何それ」
「ろくなことだったでしょ?」
「…ふーん。たまにはやるじゃん」
「へっへー」

エリーは腕を組んで、満足げに笑う。褒められて、上機嫌になっていた。だから先程怒っていたことなど忘れてしまっていた。リョーマはすっと腕を伸ばして、缶を一本手に取った。

「飲んでいい?」
「どーぞ」
「さっきあげないって言ってたくせに」
「…あ」

指摘されて気付いた時にはもう遅い。リョーマはプルトップを開けて勢いよく飲んだ。よほど喉が渇いていたみたいで、半分ほど一気に飲み干した。缶を机に置き、エリーを見ると口を大きく開けっ放しだった。それがあまりにも間抜けな表情で、思わず吹き出してしまった。

「…わ、笑うなー!」
「…くっ…、ふ…っ…バー、カ…っ」
「バ、バカって言った方がバカなんだぞー!」

缶の表面の水滴が、つうっと流れた。



…それから、
まだあんの?
ははは。それから、ね

こういう時間は嫌いじゃないよ!

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