dream | ナノ


First接吻

くちゅ、くちゅ。部活の休憩時間、リョーマはコートから離れた木に凭れ掛かって休んでいた。ここはちょうどいい感じに木陰になってるので、涼しい。吹いてくる風も心地よい。最近見つけた穴場だった。何よりも、彼にとっては『エリーがいないこと』が爽快だった。しかしそれは言わば、嵐の前の静けさだったのかもしれない。

うつらうつらしていると、自分を呼ぶ声が聞こえて顔を上げる。遠くにキョロキョロしているエリーの姿が目に入った。「げ、」思わず呟く。エリーはこちらを向いて、ようやく見つけたぜおっしゃあ!と言わんばかりに両腕振って走ってきた。リョーマは顔をしかめた。あぁ見つかった。せっかく隠れていたのに。

「リョーマー!」
カエルみたいにびょーんと飛び掛ってくるエリーを、コンマ数秒でかわした。自分の動体視力と反射神経の良さがテニス以外で生かされるとはね、とリョーマは半ば他人事のように思った。そしてそのままエリーは木に衝突し、ズルズルとその身体は下がっていった。リョーマはさっさと木の反対側へ移動し、スルーしようとしたが、そうは問屋が(と言うかエリーが)卸さなかった。すぐに復活し、ガシっとリョーマの腕を掴んでくるエリーの顔は、ぶつかった所為か全体が漏れなく赤く染まっていた。少し、いやかなり、滑稽だった。

「…リョーマ」
「何」
「何って君ね…めっさ顔が痛いんですが」
「良かったね」
「良くなーい!どこに行ったか必死こいて探した挙句がこれって酷くねーか!つか何で隠れてんだよ!」

うるさい。騒ぐな。黙れ。暑苦しい。リョーマはうんざりした。ぎゃーぎゃー捲し立ててくるエリーに色々言いたい事はあったが、余計悪化させるだけだろうと判断して、

「…座れば?」
「へっ、…あ、う、うん!」

その言葉にエリーは少し目を丸くしたけれど、すぐに顔を輝かせた。それもそうだろう。あのリョーマからのお誘いである。断るはずもなく、膝立ちだったエリーは大人しく隣に座った。それを見てよし、と腰を浮かすリョーマのジャージの裾を、エリーは慌てて掴んだ。

「ちょ、いずこへ?」
「戻るんだけど?」
「人に座らせといて、んなー!…っ行かせんからな!」
手は離して、エリーは何と腰に抱きついてきた。

「…なっ、何してんのお前!」
リョーマも流石に驚いて、戸惑った。巻きついてくる腕は強く、解けない。

「離せー!」
「はっはっは…行かせはせぬぞー!」
その反応が面白かったのか、エリーはニヤリと笑う。

「…わかったから、離せ…」
「ホント?」
「はぁ…」

不本意ながら白旗を上げると、エリーは腕を緩ませた。その隙に、身を大きくよじって、どしんと座った。深く溜め息をつきながら。逃げられなかった。作戦――と言えるほどの作戦ではないが――は失敗に終わった。けっきょく無駄骨で、残り少ない休憩時間をエリーと過ごすことになったと言う訳か。あぁムカつくムカつくムカつく。

「で、何か用?」
「え、あ、別に大した用はないけど…会いたかっただけだし…てかリョーマ、何か食べてる?」
「あぁ……飴」
「やっぱ?甘い匂いがする」
「する?」
「うん」

どんだけ嗅覚が鋭いんだコイツ。そんなに匂いが強い飴でもないうえ、もう既に小さくなってると言うのに。自覚して、口の中にある(すっかり忘れていたが)ものをガリッと噛み砕いて飲み込んだ。

「菊丸先輩に貰ったの?さっき持ってた気がする」
「ん」
「ふ〜ん。この匂い、レモン味だな…あ!」
「…何」

エリーは拳を胸の前に出しながら、リョーマの瞳を覗き込んできた。妙にキラキラした目で。…お得意の、嫌な予感。少し、身を引いた。

「な、ファーストちゅーはレモン味って本当かな?」
「…知るか」

元気に聞いてきたそれは、いつもの下らないに類する話だった。

「そんなの信じてるわけ?」
「さぁ…あたしもわかんないし…そだ、今試そっか?」

は?何を、と言う前に、伸ばされた両手でグイっと顔を引き寄せられる。頭がついていかず、目をぱちぱちさせていると、ゆっくりとエリーの顔が近付いてきた。やけに真剣な瞳とぶつかって、今まさに触れ合おうとした瞬間……



「…っ!」
「…いっ!…だー!い゙だだだだー!」

リョーマは迷わず、エリーにアッパーをかましたのだった。実にボクシング選手も真っ青のなめらかな動きだった。あごを押さえて、呻りながら蹲るエリー。突き出した拳は震え、荒い呼吸を行うリョーマ。二人の間に、一瞬の静寂が訪れた。暫くして、リョーマは本日二度目の台詞を大声にした。

「…お、まえっ何してんの!?」
「…し、してはないよ、しては…ゔー!い゙だい゙ー!」
「…自業自得だボケッ」
「だからってアッパーは…、っ!」

涙目ながらもハッキリ目に映った光景に、エリーは息を呑んだ。頬を赤く染めていたのだ。あの、リョーマが。手を口に当てて、そっぽを向いて、何やら色っぽい。――心臓が、跳ね上がった。

いつでもどこでも飽きなくエリーはアタックし続けてきた訳だが、リョーマはこんな様子はおろか、照れるそぶり一つ見せなかった。つまりそれは初めて見る表情、兼、動揺だった。エリーはたまらなくなって目眩がして、それから勢いよく抱きついた。

「リョーマーー!!」
「…っ、ちょ、エリー!?」
「可愛い可愛い可愛い可愛いいいいいいいいい!もう可愛すぎーーーーーーー!」
「何叫んで…、…ってか離せー!」

その勢いで自然と押し倒されたような形になり、リョーマの顔色はみるみる赤から青へ。エリーは構わずぎゅうぎゅうとしてきた。両腕で思いっきりその身体を押し返しても、敵わなかった。「かーわーいーいー!」暴走したエリーはもはや誰にも止められない。リョーマは自分の不運とエリーをとことん呪った。

とっくに休憩時間は過ぎていて、部長・手塚から雷が落ちようとしている恐怖など、今の二人の頭の中にはなかった。

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