dream | ナノ


嫌がらせ

(何でブルマ!?)

本日晴天。地上で「暑くて死ぬー!」と喘ぐ人間なんか知ったこっちゃねぇとばかりに輝く太陽の下。小走りしながら、一ノ瀬エリーがコートに入ってきた。額には汗が滲んでいた。すでに部活は始まっている。つまり遅刻だ。
遅刻者には漏れなく部長の手塚に「グラウンド10周!」の命が下される。大声、すごい剣幕、さらに厳しい罰はもう涙目。自業自得だが。だからみんな遅刻しないよう努めている。
そしてそれはマネージャーであるエリーにも、容赦なく「10周!」は発動される。なので、遅刻するなんて珍しいと思いつつ、部員の一人がエリーを見た。すると彼は目を見開いて、隣にいた奴に「おい…見ろよ、あれ」と声をかける。その隣にいた彼もまた、エリーを見て少々驚いた。
エリーが、ブルマを着用していたからである。
いつも部活の時間は、体育着のズボンだったはず。朝は確かにそうだった。しかし放課後の今は、その青いブルマから白い脚を伸ばしていた。ちなみに上はいつも通り。

(ホントやることがいつも突飛だよなぁ、一ノ瀬は)(まぁ別に違反じゃないし、いんじゃね?)(俺 ブルマ、生で見るの初めてだー)(あれマジで腰のラインくっきり見えるんだな…)(何かお前変態みたいだぞ)(失礼な!)(あ、実は一ノ瀬に気があるとか?)(ねーよ)

何故いきなり?と疑問をもつ者。写真や漫画でしか見たことがなかったブルマにちょっと興味津々な者。もちろんやらしい気持ちなど微塵もないが(…と言うかエリーにそんな気持ちは抱けない)。
普段見慣れないモノを突拍子もなく穿く、我らが男子テニス部マネージャーを、部員達は各々の思いを抱えて見ていたのだった。


一方、自分に集まる視線など気にもせず、一応注目されている事は知りつつもエリーはコートを走り回っていた。部長の手塚を探して。
第一コートも第二コートもいなかった。このまま無視して、さも遅刻なんてしてませんよと言うことだって出来る。けれどバレた時が怖い。正直に話したほうがまだ周数(?)も少ないだろう。そう思って探しているのに、やっぱりいない。
ぶちょー!どこいるんですかー! …心の中でエリーは叫んだ。

「エリーちゃん!」
その時、誰かがエリーを呼び止めた。よく知っている声。振り返ればよく知っている顔。エリーの大好きな先輩。

「不二先輩!」
「ひょっとして、手塚を探してるの?」
「ういっス。遅刻したもんで」
「そう。なら良かったね。今日は手塚、生徒会の仕事があるからまだ来てないよ」
「そ…そうなんスか!? あぁあたしの走った意味は…」

ガクリ、と肩を落とす。それなら随分とまぁ、労力の無駄遣いをしてしまったもんだ。まだマネの仕事をしていなのに疲れてしまった。あーあ。

「まぁドンマイ、エリーちゃん!」
「…菊丸先輩…」

突如、不二の背中からひょこりと顔を覗かせながら現れた菊丸は、エリーを慰めた。相変わらず元気だな、この人は。自分も周りからそう思われてるだろうケド。ふと、そんな菊丸とはいつも正反対なテンションである、リョーマの顔が頭に浮かんだ。
不二たちから視線を外して、コート内を見回す。視界の端で、楽しそうに桃城とテニスをしている彼の姿があった。ちょっとイラっとした。モヤっともした。
むぅっと口をへの字にさせてリョーマを見ているエリーを、もう我慢できない!と言った感じで菊丸が呼びかけた。

「ねぇねぇエリーちゃん、聞いていい!?」
「え、何ですか」
「ちょっと英二、落ち着きなよ」
「何だよー。だって不二も聞きたいっしょ?」
「そりゃ気になるけど…」
「じゃあいいじゃん!」
「…」

呼ばれて、エリーは再び顔を不二たちへ戻した。聞きたいこと。大体予想はつく。でも一応何なのか聞いてみた。

「で、なんなんですかい」
「えーっと、その…」
「何でまたブルマを穿いているの?」

自分から聞こうとしたくせに、いざとなると歯切れが悪くなった菊丸に代わって、不二が単刀直入に聞いてきた。
やっぱりこれか。ですよね。やっぱ気になりますよね。まぁ聞かれるの覚悟で来た訳だし、答えようじゃないか!と、変に意気込んで、エリーは口を開いた。

「実は……口で言うのメンドイんで、回想で知ってくださーい」
「っちょ、エリーちゃん!それ有り!?」
「…考えればそっちの方が早いよね」
「でしょう? 気にしたら負けですよ」
「…」

というワケで、回想。


すやすや ぐぅぐぅ むにゃむにゃ……ハッ!目覚めた時は、遅かった。時計を見ると、部活はもう始まっている時間。やばい。果てしなくやばい。エリーは勢いよく立ち上がって、カバンを肩に引っ掛け、急いで教室を出た。
(何で誰も起こしてくれないんだ…!)長い廊下を走りながら、思う。特に、リョーマ。隣の席で、同じ部活で、遅刻したらどうなるかよーく知ってくるくせに、起こしてくれなかったとは何事だ!六時間目、どうしても眠気に勝てなくて、欲望に身を委ねた自分も悪いけど。それでも起こしてくれたっていいじゃんよ…。(くそー、後で構いまくってやる!)

部室に着いた。中に誰もいないのを確認し、ばばっと制服を脱いだ。そしてカバンの中から体育着を取り出そうとして、ようやく気づいた。
(…え、何これ)
上はある。ただ、下のズボンがなかった。代わりにあったモノ、それが――今まで漫画ぐらいでしかお目にかかれなかった『ブルマ』だった。
(はいー!?えええ、っちょ、待て待て落ち着け、落ち着けあたし!)
何故こんなモノがマイバッグの中に?朝は確かにズボンだった。確かに。朝から今までの間、カバンの中は見ていない。つまりその間に、ズボンは変わり果てた姿に…(って言ったらブルマに失礼かな?)…ブルマになった。誰かが魔法をかけたのか?それともズボンが進化したらブルマになるんだろうか。そんなの聞いたことない。それとも…?
(ああああああ!んな事考えてるヒマねー!)
チラリと部室にある時計を見る。完全遅刻だ。早く行かないといけない。
(ブルマが何だこのヤロー!)
そうしてエリーはやけくそでブルマをすぱっと穿いて、部室を飛び出した。


「回想終了。…ってワケですよ」
「「……」」
「いやーホント、ズボンに何があったんでしょうね」

あはは! とあっけらかんに笑うエリー。話を聞いて、黙り込んだ不二と菊丸。そんな二人を見て、「?」とエリーはおかしく思った。

「どしたんスか、二人とも」
「…エリーちゃん」
「? はい」
「それって…むぐ」
「なんでもないよ、エリーちゃん」
「??」
「あ、ほら、越前くん試合終わったみたいだよ。行ってきたら?」
「! 行ってきます!」

嬉々した顔でエリーはリョーマの元へ走っていった。一方、残された二人は。

「…ぷはっ。不二、何、何なの?」
「…」

イジメなのでは?先程、多分そう言おうとしただろう菊丸の口を、とっさに不二は手で塞いだ。

不二は自分の考えをまず述べた。おおよそ、エリーが寝ている間にこっそり入れ替えたんだろう。誰か、恨み…とまではいかなくても、エリーを快く思っていない者が。
ブルマを穿くと、大腿部を完全に露出することになる。普通の女の子にとってはけっこう恥ずかしい格好だ。しかも視線を集める事になり、尚恥ずかしい。
普通、だった、ら。
おそらくこれを入れた人物は、エリーが恥ずかしがる姿が見たかったのではないかと予想した。が、結局これしきのことでエリーは恥ずかしがることなく、平気な顔でいる。つまりはそいつの計画は失敗に終わったわけだ。そう考えるとかなり愉快なのだが、計画自体は好ましいものではない。犯人に制裁を与えたいぐらいだ。可愛い後輩を陥れようとした、罰として。

「なるべくエリーちゃんに隠して、やった奴に何か仕返ししようと思ってる」
「何で?」

優雅な笑みを口元に浮かべて言う不二にちょっと怯えつつ、何故エリーに隠すのか疑問をもつ菊丸。どうせなら、一緒にやった方がエリーもすっきりするのでは?

「…僕は、怒ってるんだよ、英二」
「うん、俺も怒ってるよ、そりゃ」
「誰かはわからないけど、そんな奴の為に、エリーちゃんの気分が害されるなんてムカつくじゃない」
「…」
「彼女が何も知らないなら、言う必要はないよ」
「それも、そだね」

やっとわかった、不二の考え。全てはエリーの為、か。

「俺も協力する〜」
「当然」

二人は奴を突き止める方法、そしてどういう風に仕返しするか、笑いながら話し合ったのだった。



「リョーーマー!」
「ぐぇ」

不二たちから離れ、リョーマの元へ途中まで走ったエリー。そこからゆっくり歩いて、音も無く背後まで忍び寄り、思いっきり抱きついた。いきなりの後ろからの衝撃にリョーマは変な声を上げてしまった。

「おのれ、何で起こさなかったんだーこのこの!」
「ちょ、エリー、やめ…」

そのまま首に腕を絡めて、まるで猫のように頬をぐりぐりとリョーマの頭に擦りつけながら、エリーは文句を言った。止めろという声を無視して、ひたすらぐりぐり ぐりぐり。とうとうその鬱陶しさにキレたリョーマは、自分の肘を強くエリーの腹へ押した。今度はエリーが変な声を出す番だった。

「ぐぇ」
「止めろって言ってんだろーが!」
「…だってリョーマが〜」
「ああはいはい俺が悪かった。からどけ」
「これほど心こもってない詫びを聞いたのは初めてだよ……ま、いっか」

本気で怒ってるわけではないので、名残惜しそうに、そっと腕を外した。エリーの嫌味はさらっと聞き流して、リョーマはほっと息をついた。全くコイツは、と睨もうとして、いつもと違うエリーの格好に気づいた。

「何それ」
「あ、これ? ブルマというものです」
「で、何で着けてるの」
「あたしの予想的に、ズボンが進化したんだと思ってる」
「…は?」

そうして先程、不二たちに説明したことを簡単に言ってみた。リョーマもまた、ブルマに込められた思惑に感づくことは出来なかったが、不思議そうに(9割はどうでもよさそうに)エリーの話を聞いていた。

「ふーん」
「ズボン無くなっちゃったけど、いいやって思ってるー」
「いいのかよ」
「ん。だって代わりにブルマ手に入れることできたし!」
「欲しかったの?」
「そんなには。でも見たことないもの穿けてちょっと感動」
「そ」
「うん!で、何でさっきから後ずさりしてるの?」

ゆっくりと一歩ずつ、リョーマは後退していた。それを追うように、エリーも一歩ずつ進んでいる。おかげであまり二人の距離は変わってない。

「何か嫌な予感がするから」
「嫌な予感?」
「ムカつくほどよく当たる」
「今の会話のどこに感じたのさ」
「だってお前、今、絶対なんか企んでるでしょ」

エリーのにこにこ笑顔。きっと周りから見たら、いつもと何ら変わらない笑顔。でもリョーマは分かる。嫌だけどわかる。後ずさりしてるのは、―逃げる為。

「…酷いなー、そんな根拠もなしに」
「…」

リョーマの言葉を聞いて、エリーはわざとらしく頬を膨らませ、顔を逸らす。が、すぐに顔を戻して笑いながらさらりと言った。

「まぁ否定はしないけどね」
「って、やっぱ企んでたのかよ!」

脱力する。何が酷いなー、だ。リョーマは全力で突っ込んだ。

「まさかこんな早くバレるとは思わなかった」
「はぁ…。一応聞くけど、何するつもりだったの」
「もち。このブルマをリョーマに穿かせ」

エリーが言い終わらないうちに、くるりと身体を反転させて、リョーマは走って逃げた。「あ、こら待てー!」とエリーも走る。
二人とも足が速いため、壮絶なかけっこが始まった。追いつかれそうになると、スピードを上げてダッシュするリョーマ。負けじとスピードを上げるエリー。周りは皆止めることなく、寧ろ楽しそうにそれを眺めていた。

「リョーマー!待てーい!」
「誰が待つか!」
「いいじゃん、スカートよりマシじゃんかブルマなんて!」
「そういう問題じゃないだろ!」

必死に逃げた。捕まったら終わりだ。コート内をぐるぐる二人で走り回っていると。

「何の騒ぎだ」
「「部長!」」

手塚が眉間にしわを寄せて、やって来た。一瞬怯んで、エリーの足が止まる。その隙にリョーマは手塚の元へ走り、後ろに隠れた。

「部長…助けて下さい」
「む?」
「あ、リョーマ、ズルい!部長の後ろとか!」
「うるさい馬鹿エリー」

追いかけっこをやめて、二人(と言うかほとんどエリー)はぎゃーぎゃー言い争いを始めた。恐れ多くも手塚の前と後ろで。

二人に挟まれて手塚は固まる。
ようやく生徒会の仕事が終わって、テニスが出来ると思ったらこれだ。何やら裾の短いズボンを着ているエリー。何やら自分の後ろで妙に怯えているリョーマ。何やら喧嘩をしてる二人。…動けない。何なんだ!俺はテニスがしたいんだ!
手塚はキレた。

「…一ノ瀬、越前、グラウンド20周!」
「げ」
「ぶ、部長!何で俺もっスか!」
「部長の横暴ー!」
「…30しゅ」
「「行ってきます」」

これ以上増やされる前に走った方がいい。そう判断して、手塚が言いかけたところで二人はグラウンドへ向かった。…言い争いは続行で。

「やっぱあたしの所為?」
「わかってるじゃん。ったく…」
「うーん。何か今日は走ってばっかりだ」
「エリーが悪い」
「はいはい。後でファンタ奢るから」
「1週間ね」
「え、あたし最近金欠なんですが」
「文句?」
「…ありません。あ、リョーマ」
「何」
「せめてブルマを穿くと言うのは」
「却下」

ぴしゃりと切り捨てられ、べしっと殴られた。言い争い終了。それから二人は黙々とグラウンドを走った。


後日。
部活前にエリーが着替える際、カバンを見るとズボンが2着あった。一つは自分が持ってきたとして、もう一つのは何なんだ?錬金術?
エリーは不思議に思って増えた方のズボンを持ち上げると、何かがひらりと落ちた。手に取って見ると、それは「ごめんなさい」と謝罪の言葉が紙一面にびっしりと書かれている手紙だった。
ハテナマークを量産しているエリーの横で、ある先輩二人組は満足げに微笑んでいたのだった。




ブルマより短パンの方が好きです。露出より、ちらりと見えたほうが好きなのです。
でもリョーマのブルマ姿は見たいです。


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