ある夏の日の午後
「夏だぁーーーーっ!」
「…」
クーラーのきいた涼しい部屋。いきなり立ち上がって何をするかと思えば叫ぶエリー。ベッドにもたれかかっていたリョーマは、咄嗟に耳を塞ぎ、怪訝そうな視線を目の前の人物にやる。
「やっぱ夏っていったら海だよねーーー!」
「…何でそんなテンション高いの?」
くるりと身体をリョーマの方へ向き、これまた意味不明なことを叫ぶ。先ほどまで二人で静かにゲームしていたのだが、飽きたのでボーっとしていたら…冒頭に戻る。
全くもってエリーの言う事は文脈がない。思った事をすぐさま口にし、行動に移す。頭で考えるより先に動くのだ。そんなエリーにすっかり慣れてしまったリョーマは、とりあえず何故いちいち叫ぶんだか&そのテンションの理由を問いてみた。
「えーだって、もうすぐ夏休みも終わりじゃん」
「フツーは下がるだろ」
「あたしはフツーじゃないもーん」
「…自分で言う?」
「言う。こう、夏休み始めの頃にぐーんとテンション上がって、中盤の頃で下がり始めて、また今ぐらいになったら上げるんだよ!」
「…あっそ」
「リョーマももっと上げようぜー!せっかく明日は海行くんだし!!」
どうやら本当の理由は、それみたいだ。
夏休みは部活ばかりで何処にも行けなかった。大会も無事終わったので、遊びたい!と、誰かが言い出したのだ。そんな訳で、明日部員全員で海に行くことに決定したのはつい先日。
「何で海行くぐらいで叫ばなきゃならないの」
「ただの海じゃないんだよ!先輩たちと行くんだから!!」
「あぁ…」
理由その二、だろう。嬉しくて堪らないという表情をし、拳を握って熱く言うエリーに思わずたじろぎ、リョーマは小さく「はぁ」とため息を零した。
「で、さ。水着買いに行かない?」
「…水着?」
「ん。あたし持ってないし」
「今から?」
「もち。さっき気づいたんだよね。さ、早く行こ!」
立ち上がり、エリーはそう促すが、外の暑さ等を考えると正直家から出たくなかった。
「…」
「メンドそうな顔しないー」
「…何で俺まで行かなきゃいけないの」
「えー一人で買い物って淋しいじゃん。それに朝から家に篭りっぱなしだしさ。アイスも食いに行こ!何なら奢っちゃるから!!」
どうにかして行かせようと必死にアレコレ言うエリーに根負けして、しぶしぶ了承したのだった。
「…わかった。んじゃ、はい」
「え?」
「起き上がらせて」
ズキューン。腕を伸ばしながら、上目遣いでそう告げられて、エリーが正常でいられるはずもなく。その細い手首をぐいっとを引っ張ったまま、自分の腕の中へ収めた。
「あーもう!リョーマってば可愛い可愛い超かーわーいーいっ」
「……」
ブチ。クソ暑い+ウザったらしい+その発言にムカついたリョーマは、無言でその腹へ鉄拳をかました。
「おごぉっ!」
「いっぺん死んでこい」
「くっ…何か日に日に強くなってないかい越前さん…!」
「誰かさんのおかげでね」
痛みにうずくまるエリーを冷たく見下ろした後、スタスタ部屋を出て行こうとする彼を、慌てて呼び止めたら声が腹に響いて痛かった。
「ちょっ、ドコ行くの!?」
「はぁ?買い物、行くんでしょ?」
「…あれ、怒ってないの?」
「怒るだけ労力の無駄。暑い」
「おぉ何かカッコイイねリョーマ!」
「…てか、いつまでもそうしてないで、さっさと起き上がれ」
「んじゃ起き上がらせて」
「自分で起きろ。早くしないと行かな「はいはい、行きましょー!」
君がやったんじゃないか、なんて、もちろん言えないし言わない。リョーマを責めるなんてエリーの頭にはこれっぽちもないのだから。無論、怒らせたからって自分を責めることもない。
反省せず、こりもなくまた抱きしめては愛を囁き、そして殴られる。それが二人の日常で、きっとこれからも変わることのない、エリーの“幸せ”なのだ。…リョーマはそうじゃないかもしれないけど。
夏が終わっても、これからもずっとこんな日常が続くといいなぁ。エリーはそんな事を思いながら、支度をして、部屋を出た。