dream | ナノ


チャイルド★パニック

だんだん覚醒しつつある意識の中で、あたしは何かいつもと違う感じがした。何だろう。うっすら目を見開いて、何となく上げてみた手を見て一言。
「あれ…あたちのてって、こんなちっちゃっかったっけ?」
そしてあたしの声ってこ〜んな幼かったっけ?
ゆっくり身体を起こし、被っていたシーツを捲り上げて、自分の全身を確認してみた。するとまぁビックリ。見事に縮んでるではないかっ。

…えーっと、とりあえず質問コーナー行ってみようか。Hey me!
Q1.あたしは誰でしょう?A.一ノ瀬エリー
Q2.あたしはいくつ?A.花も恥らう12歳
Q3.この状況は一体?A.さっぱりわからん!何ぞこれ!

混乱中ー。一ノ瀬エリー、ただ今混乱中ー。

確かにあたしは12歳だったはずだ。それなのにこの身体はどっからどう見ても…よくて幼稚園児だ。見ため3〜5歳っぽいので間を取って4歳ということにしておこう。
で、どうしてあたしは4歳児になってしまったんだ?何かの病気?昨日までばりばり健康体だったのに?
あごに手を添えて考える。乾先輩の変な汁はここ最近飲んでないはずだし。駄目だやっぱりわかんない。
寝起きだし腹へったし、頭働かないので考えることは誰かに任せよう。さて次はどうする?…こんな所でジッとしてても仕方ないよな。

「よっ…と」
立ち上がって、床へジャンプ。うわ、身長がベットの高さまでしかない。急に全てがデカくなった部屋で、高い高い天井を見上げながら日課のストレッチをして、いつもより回数多めに深呼吸をした。
それから何故か一緒に縮んでるパジャマから着替えようとしたけど、他の服まで都合よくそうなってなかった。ちえっ。着替えは断念し、パジャマのまま、リョーマの部屋へ向かった。
どんな反応するのかな〜って考えたらワクワクが止まらなくて、あたしは小さくなってつまり今日初めて笑った。訳わかんない事よりも、リョーマのこと考える方が何倍も楽しいよなあ。ま、いつも考えてるけどね。



「りょーおーまー」
「ん…」
「お〜き〜ろ〜!」

自分を揺さぶりながら掛けてくるこの声の持ち主に、思い当たるのは一人しかいない。あれ、だけどアイツの体重ってこんなに軽かったっけ?声も少し違うような…。
疑問を持ちつつリョーマが目を開けると、そこにいたのは見飽きた顔ではなく、子ども。…エリーの面影がある子どもだった。

「あ〜やっとおきた」
「エリー…?」
「おーエリーちゃんだよ〜」
「そっか、夢か。じゃ、オヤスミ」
「おいおいお〜〜〜い!!ゆめじゃないよ!げんじつだよっ」

そんな必死の叫びも無視して、リョーマはまた静かに目を閉じて寝ようとしたが、子どもはそれを許さなかった。

「…はやくおきないと、おそいましゅよー?」

ガバッ!その高らかにおぞましい声に、勢いよく起きてしまった。それにより、子どもはリョーマに跨っていたので、体勢を崩した。「うおっとっとっと」けれどすぐに元に戻り、少々不満そうながら――顔に似合わない舌打ちが聞こえた――も微笑んだ。その憎たらしい笑みは確かにエリーだ。
しかし、今ハッキリと見たその身体は、リョーマの知っているエリーではなかった。

「あ、よーやくおきた。おそいー」
「…アンタ、誰?」
「えっそんな、もしかして りょまさん、きおくそうしつ!?はははははやく びょーいんいかないと…!!」
「や、俺は正常だから。むしろ病院行くのそっち」
「みゅっ、しつれいな! あたしもせいじょーだもんっ」
「…本当に、エリーなの?」
「おう!だからそーいったやん。…わけあって、いまは おそらくよんしゃい れすが」
「…はあ、何があったの」

そうしてエリーは目覚めてからの自分の状況を、舌足らずな話し方プラス、ジェスチャー付きで語った。それをリョーマは黙って聞いたあと何も言わずに、未だ腹の上に乗っかっていたエリーを引き離し、部屋を出て行こうとした。もちろん止められたが。

「ちょ、どこいくん?こんなあたしをほおっていくなんて…りょーまのきちく!こあく「顔洗いに行ってくる」……あい」


冷たい水で洗顔をすると、幾分すっきりしてきた。同時に、これが現実…というか夢ではないことを思い知らされる。リョーマはタオルで顔を拭いながら、鏡の中のげんなりしてる姿に気付き、また溜め息をついた。
何でこう、面倒ごとを起こすかな。面倒なことが嫌いな自分に対する挑戦なのだろうか。
リビングに行き、母に二人分の朝食はいらないと謝っておく。理由を聞かれたが、適当に誤魔化した。あの面白いこと大好きな父が煩そうだから、エリーについて今は黙っておこう。
…さて、次。家族よりも厄介な部活の先輩等はどうしようか。家で大人しくしてもらうのが一番だろうが、絶対行くって聞かないだろう。アイツのことだから。
ふとリョーマは、エリーの身体が縮んだと言うのにやけに冷静だな、と思った。「現実的に考えてありえないこと」など、エリーに出会って何度も何度もあったからだろうか。いや、まずエリーと言う人間自体が色々な意味でありえない。エリーといると本当に、『常識』なんて忘れそうだ。
そんなことを考えながらリョーマが部屋に戻った、ら。

「…何してるの、お前」
「おわっ、りょーま!?なんだもう、びびったー」

何やらエリーがタンスの中を漁っていた。おかげで服がその辺に大量に散らばっている。とりあえず足元に落ちていたそれを拾って、開けっ放しの引き出しの中に入れ、びくびくしている子どもに理由を問いただした。

「で、何してたの?」
「ふく…」
「服?」
「ぱじゃま、ちょっくら、きがえたくてさ……」

弱弱しく返ってきた答えによると、自分の服は全部着れないから、リョーマの小さい頃の服はないかと探していたらしい。

「…本人の許可ぐらい取ってくれない」
「……ごめんなさい」

しゅんとしているエリーに、いつもの様な怒りは何故か感じなかった。仕方なくリョーマは、大きいタンスの中から今までの服が入ってるであろうケースを取り出す。それを見て目を輝かせてるエリーに服の片付けを命じて、その間に着られそうな服を探し始めた。数分後。

「…はい、これなら着れるでしょ」
「おお〜りょーまのふく…ここここれ、きてもいいのっ?」

やけに嬉しそうなエリーが、何だか微笑ましくて。(先程怒れなかったのも小さいからだろうか?)少し笑いながら「いいよ」と渡した。

「やったやった〜!りょーまのふく!ふく〜!!」
「はいはい。俺も着替えるから、外出て」
「え、なんで」
「何でも」
「…どあのぶたかくて、とどかないし…」
「は、じゃあどうやってここに来たわけ?」

あっち。とエリーが指さした先は―――…窓。

「しゃーないから、かべをつたって、はいってきたんだー。あいてたのはらっきぃだけど」

ケロっと言うエリーを尻目に、リョーマは昨日、鍵を掛け忘れてた窓から外を見た。隣のエリーの部屋である窓も開いている。ぬるい風を感じながら、無言で即刻、窓を閉めた。
…幼児化したことよりも、驚いてしまったのは、何故だろうか。わからない。ただ、壁を這うエリーを想像したら怖すぎた。

「ちっさくなっても、しんたいのーりょくっていうの?ちからとか、そこんとこかわってないみたい」
「…へぇ」

がくっと脱力したリョーマは、もう部活をサボって再び寝てしまいたかった。
今は夏休みなので、学校の遅刻の心配はない。しかし部活の集合時間は8時。ちらりと時計を見ると、8時半。完全に遅刻だった。外周は嫌だし、説明も面倒臭い…でもテニスは、したい。

「はあ」
「お〜い、りょーま。ためいきついてないで、はやくいこーぜ!」
「…エリー。いつ着替えたの」

いつの間にか服を満足げに着たエリーが、ベットに座り込んで俯いていたリョーマの顔を覗き込んできた。

「りょーまがぼーっとしてるあいだだよ。…ってかさ」
「ん?」
「あたしがりょーまをみあげてるって、なんかへんなの」
「……」

今のエリーの身長は、リョーマが座っている状態の膝の位置ぐらいまでしかない。確かにいつもはこちらが(ムカつくことに)ちょっと視線を上げてるから、変な感じである。
と、いきなりエリーがハニかんだ様に笑った。

「でもさっ、みあげたりょーまもかっこいいね!」
「………」
「あれ、りょまさん?どしたの」
「〜〜〜〜っっ別に!」

リョーマは顔を背けたまま立ち上がって、ぱっぱと着替え始めた。

――…不覚にも、本当に不覚にも、
―――…エリーが、可愛いと思ってしまったなんて、
――――…絶対、死んでも、誰にも言えない…。



うーん、視点が低くなるとこんなにも変わるもんなんスね。いつもと同じ道を歩いているのに、何を見ても面白かった。リョーマの服と靴(昔のだけど)装備してるし、何かすごくいい気分だ。あ、キレイな花咲いてる。

「エリー、そんなキョロキョロしてたら危な…って言ってる傍から…」

リョーマの忠告も虚しく、あたしは石ころで思いっきり転んでしまった。いつもなら気づかず踏んでいってしまうような石も、今のあたしにとってはちょっとした凶器らしい。ちくしょう、あたしがこんなモノに転ばされるなんて悔しいっ!
憤りながらゆっくり立ち上がる。心配そうにリョーマが駆け寄ってきた。

「大丈夫?」
「ん〜なんと、か……て、いたーっ!」

ぱんぱんと身体に付着した埃や砂を叩き落とす。そうして真っ直ぐ立った時に、膝に激痛を感じた。見ると、…うへぇ、血が出てる。ドロドロだ。
うっかり転んだとしても受身を取るから、怪我とか最近はしたことない。だから何年ぶりの怪我だろう。小さいって恐ろしい。変に今度は感心してしまった。
…ん?何やら頬に生ぬるいものが…え、何これ。涙?何故に涙??

「…ふぇ!?」
「! 大丈夫じゃないじゃん……ほら、エリー。ちょっと、ジッとしててよ」

気づけばふわっと身体が宙を舞った。途端、視界に入ってきた、空。混乱してる中であたしは更に混乱した。もう混乱しまくりだ。
………えーっと……今、ひょっとしなくてもあたし、………リョーマに抱っこされてたり、しますか…?

「〜〜〜っ、りょーま!?」
「あっちに確か公園あったはずだから。そこで傷洗おう」

幼い身体に転んで出来た傷はかなり痛かったらしく、感情に関係なく出てきた涙にも驚いたけどさっっ!!それ、以上に。そっと首を動かせば、リョーマの心配そうな焦った顔。強く腰に巻かれた腕。
(うわ…やべぇ。何て言うんだっけこれ…あ、怪我の功名?)
多分、普段のあたしだったらこんな風に気遣ってくれないんだろうな。だらんと垂れていた左腕を上げてリョーマの腕をぎゅっと掴んで、今の幸せを存分に噛み締めた。


公園の水道で傷口を洗った後も、危なっかしいからと言う事で、リョーマに抱っこされたまま。

「…あたし、おもくない?」
「幼児持てないほど、俺、ひ弱じゃないし」

…何つーか、いや、嬉しいけどさ。優しい、よね、今のリョーマ。今までこんな優しかったことなんてあるか?…うん、フツーにないね。あぁいつも抱きしめて萌えを求め愛を叫べば、殴られ蹴られ、殺意全開な目で睨まれ……。それが、今はどうだい奥さん。

「りょーまー…」
「なに?」
「もう、かんぜんにちこくだね。ごめん、あたしのせいで…」
「別に、んなこと気にしなくて良いよ」

……わお。何あの愛しさのこもった目プラス、笑顔。やばい。本当にやばい。心臓ばくばくばくばく。壊れそう。息荒くなってきた。
ハンカチ持ってきて良かったよ…せっかく借りたリョーマの服(超々貴重)を鼻血で汚すとこだった…。見られないように、顔をリョーマの胸に押し当てて、間にハンカチを挟んでこっそり鼻血を拭いといた。


すれ違ったおばちゃんから、「まぁ微笑ましいわ」的な視線をもらった。兄妹に見られてるのかな。お兄ちゃんリョーマか…うん、素敵。でもやっぱりリョーマは弟気質(?)だと思うんだ。
んー何で神様は(神様がやったかどうかは謎だけど)リョーマじゃなくてあたしを幼児化させたんだろう。いや今幸せだけど、すごく幸せだけど…リョーマのちっちゃい姿も見てみたいんだ。そんで「エリーおねーちゃん」とか呼ばせたい…きっとまた鼻血出るな、うん。
あ、ガッコ、着いた。



当たり前だけど、すでに部活は始まっていた。あたし達はこっそり荷物を置いた後にこっそりとコートの中に入った……つもりだったんだけど。
今まであんなに騒がしかったコートがしんと静まり、視線があたし達に集まっていた。まぁそりゃそうだろう。一時間もリョーマが遅れて来て、おまけに腕には幼子(=あたし)を抱きかかえているのだから。

「…遅れてスイマセン」
「あ、あたしもおくれてすいませんっ」

沈黙を破るように、珍しく固まってる部長の元に行って、リョーマが謝罪の言葉を述べた。そのとき残念ながらリョーマの腕から下ろされたあたしも、一応謝った。
そうしたらブチョーの隣にいた不二先輩が、呪文が解けたように話しかけてきた。…先輩が固まってるのって、部長より珍しいよなー。写真撮りたかったかも。

「え…ちぜん」
「…何スか?」
「その子…誰?」

あ、遅刻よりあたしのほうが気になるよね、そりゃ。リョーマが返答するより前に、あたしが元気よく答えてみた。

「あたしは、りょーまとエリーちゃんのこどもでっ……いだっ!」
「エリー…何言ってるの?」
「ごめんなさいほんのじょうだんれす」

パシっと頭を叩かれた。でもやっぱいつもより軽い。叩くというより、つついたって感じ?微妙に痛む箇所を抑えてると、先輩たちがざわめき始めた。

「え、マジでこの子、おチビとエリーちゃんの子!?」
「菊丸先輩、ありえないっスから」
「見た限り一ノ瀬にそっくりだが…」
「部長、そっくりだからって子供なワケないでしょ」
「え、じゃまさか他の誰かの子を産んだんじゃないよね、越前!?」
「不二先輩、俺男ですから。そろそろキレますよ?」

仮にリョーマが(根性で)産んだとしても、何であたしに似てるかって感じだ。あたしの子だとしても、出会ってまだ1年にも満たないのに。あたしの軽い冗談を信じるほど、不二先輩もだいぶ混乱してるんだな。何だか可愛い。
…てか自分の頭上で勝手に会話が行われてるって、けっこーヤダね。リョーマもいつもこんな気持ちだったのかなあ、なんて。
周りを見渡すと、平部員はまた練習に戻っていた。(チラホラこっち見てるけど)何があっても練習に取り組む姿勢は素晴らしいね!うん、青学はこれからも安定だわ。マネージャーとして一安心。

「コイツは正真正銘、一ノ瀬エリーです」
「「「「「「「「えぇえ!?」」」」」」」」

おーすごいハモりようーとか思ってたら、リョマさんが真実もう言っちゃってた。反応は予想通り、驚いてるねえ。リョーマは結構冷静だったよな、あたしと一緒で。強い子に育ってくれてお母さん嬉しいわっ。なーんてね。
…あ、いやん皆さん。そんな見つめられると照れますぜ?

「…信じられん」
一番に口を開いたのは手塚部長だった。

うん、うん、わかる。中学生の平均身長なんてとっくに超えてる皆さんの中で、あたしは小さかったけれども(でもリョーマよりは大きかった。ここ重要)。まさか皆さんの膝下辺りまでなっちゃうとは夢にも思わなかったはず。だけど信じてくれなきゃ、あたし、リョーマとの子になっちゃう。それはそれで美味しいけどね。
とりあえず、手を伸ばして、部長のジャージの裾を引っ張ってみた。

「ぶちょ、ぶちょ。これぐらいでしんじられないとかいってたら、よのなかわたっていけましぇんぜい?」

部長の顔を見るには、首だけじゃなくて身体全体を反らして仰がなきゃいけない。この体勢なかなかキツイ…と踏ん張ってると、何を思ったのか、部長があたしの頭を撫でてきた。
え、何々?なんか傍から見たら父と子の図だよ、これ?ハッ、部長はあたしの父親になりたいのか!?ごめんなさい。遠く離れてるけど愛しのおとーさんがいるので、間に合ってます。…今更だけど部長ってうちの父さんより老けてるな…ドンマイ、ブチョ!

「ちょっと手塚。こんな小さな子にセクハラするのやめてくれる?」
「えっ、いやその俺は…」
「ぶちょー?」

何なんだ一体?って感じでまた見上げると、部長が「…違う、違う、俺は……!あぁすまない一ノ瀬!!」とか謝って、どっか走っていった。…や、謝る理由を知りたいっスよ。

「本当にエリーちゃんなんだよね?」
「あ、あい。そうです」
「おいでおいで〜」

部長の言動に首を傾げていたら、不二先輩が猫を招き寄せるみたいに手を振って、腕を大きく広げて呼ばれた。素直にトコトコと先輩の所に行ってみると。

「わっ…」
「うわ、軽っ…」

ちょ、何でリョーマも不二先輩も、こう、いきなり抱き上げるんだ!!いやそれは良いけど(寧ろ大歓迎だけど!)せめて一言プリーズ…。ビックリとドキドキとで心臓がやばいんだよーもう。

「あー不二だけズルい〜!!俺も…」
「ん、なんか言ったかな、英二?」
「…イイエ、ナンデモアリマセン…」

菊丸先輩の情けない声を聞きながら、不二先輩の肩に頭を乗っける。うーん、先輩の腕の中って心地良いですね。癒されます。

「エリーちゃん、眠いの?」
「いえー? その、きもちよくて…」
「フフッ、ホント可愛いな」

髪を梳かれた。その手の感触が、これまた気持ちいい。眠たくないのに、推定4歳児であるこの身体は眠くなる。う〜ガンバレあたしっ。
もうすぐくっつきそうな瞼を制したのはリョーマだった。

「…不二先輩、そろそろエリー返して下さい」
「「えっ?」」

あ、先輩とハモっちゃった。

「〜〜〜俺っ、今は一応エリーの保護者なんでっ…」

ちょーっと意味のわからない理屈にあたしと不二先輩が呆けてる間、半ばムリヤリあたしは再びリョーマの腕の中に収まった。…おいおい、眠気すっかり覚めちゃったじゃんよ。

「りょーま、ひょっとして、いまの…」
「…何」
「…べっつに〜」

どうせ言った所で否定されるのは目に見えてるんだから、あたしが勝手に決め付けてやる。先輩に…ヤキモチ焼いてたって。
(何気に…初恋ならぬ、初モチですよ!!)
ああもう。ただでさえ小さくなった(かもしれない)心臓を何回壊す気だこの子は。抱きしめたい抱きしめたい抱きしめたい。でもそうするのに今はちょっと腕の長さが足りない。もどかしいぜちくしょう…!
なんて思ってるとコートの隅っこにあるベンチに降ろされた。

「ここで大人しく待っとけ、だって」

どーやら不二先輩とじゃれてる間に、あたしをどうするか、皆さんで話し合ってたらしい。あ、いつの間にか部長戻ってきてる。

「じゃあ」
「…あ、まって!」

離れていく温もりが淋しくて、ついつい呼び止めてしまった。

「あたし、ひとりでまってるの…?」

練習の邪魔はしたくないけど、この姿がいつまで続くかわかんないし、せめてもうちょいこの優しさを味わっていたい、な。
そう思ってうるうる瞳でリョーマを見上げたら、案の定リョーマは困ったような表情して、目を伏せた。ふっ、子供のうるうる光線攻撃だ!さぁ、どうす…る、って、
(え?)
すっと伸びてきたリョーマの手が、あたしの前髪をはらって、


“ちぅっ”


「…ゴメン、エリー。良い子で待ってて?」

そう言いながらリョーマはあたしの頭を一撫でして、コートに戻っていった。その後ろ姿を見ながら、一人、呆然とする。

…ちぅっ。
……ちぅっ、て。
………ちぅって、された。

そっと自分の手をおでこに触れてみる。熱い。まだ、あの、唇の、感触が、おでこに…残ってた。えーっと…・…。
「〜〜〜〜〜っっっっ!!!!」
体中の血が沸騰したみたいだ。心臓が不規則にリズムを上げている。祭りで聞く太鼓より激しいそれ。熱い。暑い。厚い!!うん、立派に混乱してるね!わわわわわーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

「ぐはっっ!!」
「エリーちゃん、大丈夫!?」
「ふ、じ、せんぱぃ…」

思いっきり鼻血を吹いてしまった。きっと過去最高だ。コートに血ぃついちゃってるし。
見かねた不二先輩がどこからか走ってきて、どこからか取ってきたティシュ1箱を渡してくれた。すごくありがたい。先輩の仕事の速さにはこんな時でも惚れ惚れするなあ。
遠慮なくティッシュを使わせてもらった。一通り鼻血を拭いた後、ゼェゼェと息を荒くしてるあたしの背中を、先輩は優しく擦ってくれた。

「もう平気?」
「…いえ…も、あれは はんそくすぎ……」
「うん。あの越前くんがねぇ…僕もビックリしたよ」
「ですよね…。もう、さけんでもいいっすか。よーじかさいこう…!!」

もう一生このまんまでイイ。むしろ居させて下さい神様お願いします。切実に。と、急に背中を擦っていた先輩の手が頭の上に移動した。

「せんぱい…?どうかしたんですか?」
「ううん。ただ、二人とも可愛いなぁって思って」
「えーりょーまだけがひゃくまんばいかわいいですよー」
「ふふ、それ何と比べているの?」
「わかんないです。もうあたま ぼーっとしてて…てんぱい、あたし熱出てません?」
「んー…かなり熱いかな」
「あちゃー…危ないですねそれは」
「危ないねえ」

何だか可笑しくって、不二先輩と二人で笑い合った。

きっと、身体が元に戻ったらリョーマの態度も元通りになるんだろうな。ふと考えて切なくなった。だって普段のあたしには、絶対あんな笑み見せないし。
…ん?待てよ、あたし。いくら見た目小さいからって、中身はあたしだし、それをわかってるはずのに何であんなにリョーマは優しいんだ…?
不二先輩にも聞いてみた。

「そこんとこどうなんでしょ?」
「そうだね…エリーちゃんだってこと、忘れてる、とか?」
「まさかのですか…」
「…もしくは、」
「もしくは?」

隣にいる先輩を見上げる。考えている顔をしてた。
リョーマと全く違う系統なのに、不二先輩もカッコイイと思うのってどうしてなんだろうなー、とまた別の疑問が生まれた。憧れフィルターかな…いや今はどうでもいいか。先輩はカッコイイ!よしこれで疑問解決だ。
一人で納得してると、不二先輩が再び口を開いた。

「エリーちゃんの可愛さに気づいたとか」
「…えー、べつにかわいくないっすよー」
「そう?可愛いよ」
「それはありがとうございます…でもいま、いつものじぶんじゃないんですけど…」

褒められてむずむずしながら、あれ?ってなった。可愛いったって、今あたしがちっこいからだけなのでは。つまり中身ガン無視なんじゃあ?…それは流石に悲しいですよ先輩!
そう突っ込んだら、違うよって言われた。先輩がやけに真剣な顔つきをするので、あたしも顔を引き締めて聞いた。

「僕は、エリーちゃんが『小さい』から可愛いって思ってないよ」
「へ…?どゆことですか?」
「『エリーちゃん』が小さいから可愛いって思ってるってこと」
「…えーと、りょーまもそうなんじゃないか、と?」
「うん」
「はたしてそうですかね…」
「だって、すごい良い顔で笑うじゃない」
「あ!」

そうだ、思い出した。どこかで見たことあると思ったんだ。…あれは、カルピンや小動物に向ける笑みじゃないか!

「そういえば越前くん、小さいモノとか可愛いモノとか好きだったっけ?」
「ういっす。じぶんも ちーさくてかーいいくせに、ですよ」
「クスッ。それ、本人に言ったら怒られるよ」
「いいですよ、もう」

すっくとあたしは腰を上げた。あ、ベンチの上に土足で立っちゃった。朝みたいに、地面へ向かってジャンプする。

「いまのこのじょーきょーを、せいいっぱいたのしみますから!」
そう先輩に言い残して、リョーマの元へ走る。走る際に、ちらっと見た先輩の顔はいつもの素敵な笑顔だった。

うん、いいんだ、元に戻っても。また辛辣なリョーマになっても、今日のことでからかってやろーっと。とりあえず今、この状況を有効活用せねば。こんなチャンスは二度とない筈。ならば思い切り甘えようではないか。
「りょーまっ!」
決意を胸に、あたしはリョーマに抱きついた。




ミニマム夢主ちゃんにきゅんてしてる越前にきゅんきゅんです。

[ ]



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -