「にいちゃん、にいちゃん」
「なんだ」
パタパタと軽い足音が背後から子供の声と共に駆け寄ってくる。顔は向けずに、手は廃材の収集作業を続けながら聞いてみた。答えはひとつ、精々ふたつしかないことをわかってはいるのだが。
「はらへった!」
「…そうだな」
しゃがみ込んで覗いていた地面に陰が差す。探っていた手を止めて顔を上げた。
子供らしいまぁるい目でじっと見下ろしてくる弟は、やわらかい腹を擦りながら口を尖らせている。どうやらご機嫌ななめのようだ。
俺と弟は2歳しか離れていないが、こんな時やはり弟は幼いのだと感じる。子供にとって、2年分の成長は侮れない。
弟の肩越しに見えるオレンジの光の強さに目を細め、秋も更けたのだというような空気の冷え方に、逡巡していた恣意を変えることにした。
「…戻ろうか」
「うん!」
立ち上がって砂のついた手のひらをパンとはたく。肩から斜めがけした鞄のなかで、集めた金属や素材と呼ばれるガラクタたちが小さく音を立てた。
少ない。
鞄の軽さに反比例して、足取りは重くなる。
此所も、もう駄目か。
その昔ビル街であったという此所は、今では貴重となった金属や鉱石、繊維など、俺にはガラクタにしか見えないが一部の人間には利用価値がある、らしいもの、がそれなりによく採れた。
そして俺はそういったものをアラガミの目を盗んでは集め、必要としている一部の人間に売りに行く。
そうして得た金で、俺はふたつ下の弟との生計を立てていた。
廃屋同然の教会の屋根の下、アラガミと呼ばれる化け物たちから身を隠しながら、ひっそりと息を潜めて。
元々この街に住んでいたのは俺たちだというのに、すっかりアラガミの棲み家となってしまった此所は、壊滅した今、一部の人間から"贖罪の街"と呼ばれているらしい。
もう、とっくに人の住む場所ではなくなっていた。
その一部の人間たちは、フェンリルという会社が建設した、アラガミに対抗できるらしい防壁に囲まれた居住区に暮らしている。
アナグラ。
それが今の時代の人間が生きることを許された僅かな空間の名前だ。