矮小ボンサンス

(※暴力表現アリ)





 一視同仁とは、すなわち誰も愛しちゃいないのだ。

 誰にだって特別はある。

 もし、一発の銃弾が込められた銃で、愛する人か見知らぬ人間、どちらかを殺さなければならなければ、殆どの人間は愛する人を選べないだろう。

 詰まるところ、愛する人を残す為に、見知らぬ人間を殺すのだ。

 そしてそれが殆どの人間の普通であり、常識、モラル、共通の意識。

 しかし博愛主義というものは。

 否、彼──折原臨也という人間は。

 恐らく、そのような状況に陥ったとき。

 見知らぬ人間を銃で撃ち抜き、愛する人の首に手をかけるのだろう。





 一人称は、自宅に監禁されている。

 自宅といっても、生まれ育った家ではない。

 だけど一人称には他に帰る場所などないから、唯一住むことを許されたこの場所が、やっぱり自宅になるのだろう。

 一人称を閉じ込める為だけに借りられた、マンションの一室。

 その部屋の主とは、一人称の親族でも何でもない、折原臨也、その人だ。

 一人称の首と両手首が、軽量だが強固な、ナントカという金属で出来た鎖で繋がれている以外、これといって違和感もない、それなりに生活感のある部屋の中のダイニングテーブルで、一人称は呑気にもアイスココアを入れて、飲んでいた。

 昼下がり、テレビのデザート特集とやらを眺めながら、のんびりと過ごしていたのだが。


「名前」

「!…びっくりした、おかえりなさい臨也」


 音もなく、すぐ後ろに立った臨也が背後から「太るよ」なんて言いながら手の中のココアを取りあげた。

 あ、と後ろを振り返って顔を見上げると、その顔はテレビの方を向いていて。

 ココアを呷りながら、グラスを持っていないほうの手でテーブルの上のリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。

 途端に室内が静まり返る。

 臨也は、あまり一人称がテレビを観るのを良しとしない。

 案の定、彼の機嫌は緩やかに下っている。


「甘…君ちょっと粉入れすぎなんじゃない?」


 とかなんとか言いながら、しっかり飲み切って、空になったグラスがテーブルの上に戻ってきた。


「はぁ、」

「お疲れさま…です?」

「…疑問系じゃなくていいよ」


 いつもの黒いコートが若干くたびれているから、昨夜も家に戻っていないんだろう。どうやら仕事帰りにそのままここに寄ったらしい。

 こういうときの臨也は、一人称に何を求めているのかが分からなくて、少し緊張する。

 そして臨也も、理由までは解らずとも、一人称の様子など手にとるように気付いているのだろう。また少し、機嫌が悪くなった気がした。


「疲れた…」


 呟きながら、その手が頬に伸びてくる。


「…っ、」


 触れられた瞬間、思わず逃げてしまった。

 というのも、冷たいグラスを掴んでいたから、その手が冷えていて、あまつさえ水滴で濡れていたからなのだけど。


「…へぇ」


 ああ、もうダメだ。臨也の目がみるみる手のひらなんかよりも冷えていく。


 違うの、臨也の手が冷たかったからびっくりしただけなの。


「ちが、臨也、冷たかっ、びっくりし…」

「うん?俺が冷たいって、誰と比べてるのかな?」

「ちが、ちがくて、手が」


 そうじゃなくて、手が、冷たくて、驚いただけ。


「あぁ、手ね」


 臨也が納得したような素振りで頷いたから、一人称は慌てて、何度も頷いた。


 そう、手が。


「嫌だったんだ?」


 それはもう。笑ってみせるけど、笑ってない。口だけを歪ませた笑顔。

 違うのに。そうじゃないのに。

 伝わったと思って安堵したのに、伝わっていなかった。そのことに思わず愕然としてしまう。

 半ば呆然とした一人称の何とも間抜けな表情を、臨也は目を細めて見た。──それはもう最高潮にイライラした顔で。

 それを認識した、直後。いや、ほぼ同時だったろうか。

 パンッ、風船をはち切らせたような、乾いた破裂音をすぐ近くで聞いた。


「…いたい」

「そ。それは良かった」


 にっこり。見下ろす笑顔に影が差している。背後の蛍光の眩しいこと。


「…ひどい」


 本当に言いたいことと、違うのに。わかってくれてないのは、臨也なのに。


「だーからさぁ」


 今度聞いた音は、ガタタンガツンッだった。顔は笑ってるけど、イライラしたような声の臨也が、右手で、一人称の鎖骨の真ん中を物凄い勢いで突いたのだ。

 椅子に座ったまま、一人称は後ろにひっくり返った。痛み云々より先に、その音と衝撃に驚く。

 そして、またもや間抜けにも驚いて固まってしまった一人称の上に、嗤いながら臨也が乗り上げてくる。


 こわい。


 瞬間的にそう思った。

 そしてそれを感じ取ったのか、臨也の人間離れした美しい貌が、みるみる歪んでいく。


「…あは、むかつくカオ」

「、臨也」

「あれ…、何。泣くの?」


 興味を惹かれた子供のように、僅かに目を大きくして、じっと一人称の顔を見つめる。

 好奇心に駆られる子供がいちばん、恐ろしいのだということを、一人称は身をもって知っていた。

 そして臨也が、最も恐ろしい"ソレ"であるということも。


「いざ、」

「いいよ、泣いても。」


 それはもう甘い声で囁きながら、臨也が左手で、宥めるように一人称の頭を撫でる。


「いざや、」

「泣きなよ、ほら」

「…ッ!」


 優しかった左手がギリギリと髪の根元を鷲掴んだ。容赦なく立てられた爪が痛い。


「い、いたい」

「それで?」

「や、やめて、」

「なんで?」

「だ…って、いたい…」

「痛くしてるんだから当たり前でしょ?悪いことをしたら、罰を受けるのは当然じゃない?それを酷いなんてさぁ、自分の罪を認識してない証拠だよね?それを俺が自覚させてあげてるんだよ。頭の悪い君に俺がわざわざ貴重な時間と労力を使って教育してあげてるわけ。君みたいに物覚えの悪い子を誰が必要とすると思う?だぁれも、いないだろ?だけど俺はさ、拾ってあげたんだよ。人の邪魔にならないように死んでいくしかないような君に、俺が生きる意味を作ってあげたんだよ。君は俺に捨てられたら、どうなっちゃうのかなぁ?」


 ぐりぐりと胸を抉る言葉に泣きたくなった。

 けれど一人称は、泣くわけにはいかない。


「…ねぇ、聞いてるの名前」


 泣いてしまえば、さらに苦しい思いをすることが目に見えているのだから。

 だから一人称は、少しでも彼の気が晴れるよう、必死に謝罪の言葉を述べるだけだ。


「ご、めんなさい、ごめんなさい、」

「こんなに教えてあげてるのに、わっかんないのかなぁ?…それがむかつくんだってば。」


 女の子みたいに華奢な右手が、再び鎖骨の中心を押す。けれど先ほどと違って、床と椅子が背骨を圧迫する。このままずぶずぶと沈んでいけたら、こんなに苦しい思いはしないのに。


「んなさ…ぃ、」


 綺麗な右手が一人称の首に段々と、段々と近付いてくる。


「君って本当、お馬鹿さん」


 最後に見えた暗い笑顔は、それはそれは楽しそうで、嬉しそうだった。





 こんな話がある。

 自分と、自分の愛する人、そして見知らぬ人間の三人がいて、誰か一人を殺さなければならない。

 そして自分は、『殺人を犯しても罪にならない銃弾』が一発込められた銃、というかたちで、"殺す権利"、つまり"生き残る権利"を持っている。

 となれば、殆どの人間は、見知らぬ人間を撃ち殺すだろう。

 それが殆どの人間の普通であり、常識、モラル、共通の意識で、良識だというもの。

 ところが彼女──名前という人は。

 恐らく、そのような状況に陥ったとき。

 その手に持った銃で、自らの頭を撃ち抜くのだろう。

 遺された愛する人の気持ちなど考えもせずに。

 名前のそういうところが、たまらなく愛しくて、たまらなく憎らしい。

 だから、そんなこと思いも出来ないように。

 俺と彼女以外の人間を、躊躇いなく殺せるように。

 ──その精神の奥の奥に、教え込んでやるのだ。



  恋という名前は似合わないから
  ただ密やかに愛しましょう

  閉じ込めてしまいたい

  我が身のように この腕に抱けたら
  貴方の唯一無二に なれたら

  愛してるなんて 言わせたい訳じゃない











…◆…◆…◆…◆…◆…◆…
原作知ラナーイ。アニメも見たコトナーイ。

でも書いちゃった。なんてアホな。

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(C) yura.shirosaki
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