振り向けば絶望

(※主→虎→誰か→兎→主…)
(※一人称固定)





 ぐるぐる。ぐるぐる。

 アタシの想いは貴方へ。

 貴方の視線は彼女へ。

 彼女の左手は彼へ。

 彼の左手を伸ばされた、アタシは。

 ぐるぐる。ぐるぐる。

 戻れないことを知っていて、その手を盗ってしまったの。


「貴女は本当に、可愛いひとですね」


 ひっそりと暗がりで見つめ合うとき、バーナビーは決まってそう言う。誰と比べているのかは知らないけれど。

 その度にアタシは、得も言われぬ安堵感に支配されるのだ。

 もしも、もしも、この言葉を吐く唇が彼のものだったなら。

 そう思うのに、アタシは愛の言葉を羅列されれば、例え相手が微塵も愛していないバーナビーでも高揚してしまうらしい。

 でも仕方がない。だって、可愛いって言われたいのは、女の子の本能だから。

 そう言うと、バーナビーは決して吐き出せない苦いものを口に入れたかのような微妙な顔で笑った。


「だって、そうでしょ? アタシ嘘は吐いてないわ。」

「…貴女は、誰に言い訳してるんです?」

「別に、言い訳してるわけじゃ、っ…」

「ええ、そうですね」


 口ではそうわざとらしく同意してみせるが、それが本心でないことは一目瞭然だ。

 彼がこうしてアタシを強引に抱き寄せるときは。

 "ふたりにとって良くない"話のとき。

 そうすればアタシが黙ることを、バーナビーは知っている。

 狡い、頭の回る男だこと。…"彼"とは大違い。


「まだ考え事ですか」

「貴方のことよ」

「では、どうぞそのまま続けて下さい」


 憮然と言いながら、アタシを抱き締める腕に力を込めるバーナビー。


「本当なのに」

「…名前」

「…、ねぇ、バーナビー」


 力の込められた腕を、そっとほぐすように撫でると、揺れる瞳と視線が合う。

 嗚呼、やっぱり。

 彼の眼は暗闇で見たほうがキレイ。


「アタシのこと、少しは好き?」

「いいえ、名前、愛しています、とても」


 毎度のことながら、まったく100点満点の御答えですこと。

 本当に彼は、恋人役に申し分ない。


「アタシも、愛したいわ。誰より。」

「、」


 アタシをね。


「名前」

「…なぁに。泣きそうな顔して…どうしたの?」

「愛しています」

「知ってるわ」


 知っている。アタシが微笑めば、バーナビーの鼓動がずっと速くなること。


「…お願いですから…」


 消えないで下さい。


 一瞬空耳かと思ったほど。小さな小さな吐息を。バーナビーは吐き出した。


「…まさか、冗談」

「…こんなに震えているのに?」

「誰かの為に死ぬくらいなら、アタシはアタシの為に殺すわ」


 不安げにアタシを見るバーナビーの目が、真っ直ぐにアタシの目を射抜く。聞こえない。アタシは気付かない。


「誰を」

「貴方の可愛いフィアンセを」

「なら僕があの人を殺しますよ」

「あら…そうしたら貴方のことも殺しちゃうわよ」

「それで貴女がしあわせなら」

「それは無理ね」


 あの人がいなきゃ。


「名前」


 抱き寄せる腕はこんなにも強いのに。涙を堪えるようにぎゅっと目を閉じて、微かに震える唇を寄せてくる様はこんなにも弱々しくて。

 ほんとに兎さんみたいね。


「…黙って」


 小さな笑い声は震える唇のなかに吸い込まれていった。


「バーナビー、アタシのこと、」

「名前…愛してる、愛してる…名前…」


 独り言のように呟く彼の声は啼いていた。



  余喘は猥らに
  騙し込んでシーツの海
  深刻な中毒症状
  ウイルスがなだれ込んで ブラックアウト

  触れるだけのつもりが
  噛み付いて
  眠るだけのつもりが
  夢に溺れて

  泣きながら目を覚ます現実
  泣きながら未だ目覚めない理想
  それでも貴方の前では
  絶対に泣いたりしない




「あと少し、」

「名前」

「もう少し、待って…」

「名前、」

「アタシを置いて行かないで…」

「…泣かないでください、名前」

「ひとりはいやなの、ひとりはこわい…」

「僕は名前をひとりになんてしません」

「…お願い、ねえ、…」


 ほんの少しでいいから。

 アタシを見て。


 静かに涙を零しながら、再び寝息が穏やかになる。いつものように。

 その横顔を見つめながら、僕は思う。いつものように。

 もしその望みが僕に向けられたものだったなら。

 僕はすべて、僕ならすべて、迷わず叶えてあげられるのに。

 僕がこんなにも貴女を求めても、貴方はこの背を抱き締め返しもしちゃくれない。

 その涙を拭って、目尻に口付けながら、僕は願う。いつものように。

 彼女の隣りに身を沈めながら、彼女の嗚咽で目を覚ました僕も再び眠りに就く。

 いつものように。

 こうして、朝が訪れる。

 いつものように。










「名前」


 こんな風にアタシを見る虎徹の目が嫌い。


「お前、昨日…どこにいた」


 見透かすみたいな、この目。


「……、虎徹」

「なんだ」

「…アタシのこと、少しは好き?」

「…………当たり前だろ」


 そうやって、自分に呪文をかける。

 光のない目が嫌い。


「兎さんのところよ」

「…名前」

「別に、"いつも通り"お食事をして、話をしてたら朝になっちゃっただけ。"いつも通り"、何もないわ」

「あまりそういうことをするな」


 嘘ばっかり。

 本当は、アタシたちがどうなろうと、興味はない。むしろ厄介払いが同時にふたりもできると、そう思っているくせに。

 それでも一応諌める体を見せるのは、自分のためでも、ましてやアタシのためでもない。

 "彼女"のための自己満足。


「虎徹、」

「、」

「虎徹、虎徹…」

「…なんだよ」

「大好き」


 ほら、そうして。

 絶望するその目が、大嫌い。


 酷い人。

 自分やアタシの、そしてバーナビーの本当の心の叫びに気付いているのに、言えないアタシを逆手にとって。

 素直で可愛いあの人が好きだから。


「本当は別れたいでしょう?わたしなんて」

「…何言ってるんだよ」

「でも別れられないのよね。だって"彼女"が悲しむものね」

「、それは」


 嗚呼、本当に酷い人。

 もし、アタシが死んじゃったら、そのときもそういう顔、してくれる?

 そう聞きたくなるくらい、哀しそうな顔をするの。


「だってアタシには、バーナビーしかいないんだもの」


 嘘。

 他の誰かじゃ満たされない。アタシには虎徹しかいない。だけど。

 そんな表情を見てしまったら、アタシにはもう、悪役に徹することしか出来ない。

 今更、今更、アタシがなれもしないモノを愛して。

 今更、今更、やっぱりアタシを愛せないと言うの。

 貴方とあの人が出会わなければ良かったのに。


「…そんなこと言わないでくれよ」


 笑って誤魔化そうとしても、無駄。

 だって巧く笑えてないもの。

 …ねぇ、そんなに、恋人に笑いかけることすら出来ないくらい、あの人のことが好き?


「虎徹、アタシのこと、」


 少しは、まだ好き?

 それとも、


「…あぁ」


 "嫌い?"


 貴方に対するアタシの口癖には、こう続きがある。

 知ってか知らずか、虎徹はいつも、肯定する。

 でも、どう訊いたって答えは変わらないのだから、もういいの。


「虎徹、」

「…うん…?」

「ごめんね、」


 びっくりしたような、困ったような、戸惑ったように小さく目を見開いて、その奥に残るのは、

 愛情じゃなく、同情。


  縋りついたら抱き締めて
  謝れば許してくれる
  だけど結局、
  貴方の瞳の底は
  全然違う誰かに奪われ



「ごめんね…、ごめんね、虎徹、」

「…っ、」


 それでも、恨まれても、憎まれても、


「あいしてるの…」


 貴方が、彼女の為に、アタシを繋ぎ止めてるんじゃない。

 アタシが、アタシの為に、貴方の彼女への想いを利用して、貴方を繋ぎ止めているのよ。

 それがどんなに虚しくて苦しいことで、

 かつては優しかった貴方の眼に、

 絶望と憐憫しか見えなくなっても。


  それでも貴方の前では、
  絶対に泣いたりしない。











…◆…◆…◆…◆…◆…◆…
(「サヨナラ!」
言えたら
どんなに素直に
泣けるかしら)


やってしまいました。セルフバカ…基、セルフカバー。

ちなみに主人公と虎徹は数年来のお付き合い。"あの人"ことバニーちゃんのフィアンセには2年ぐらい前に出会って、そこから歯車が狂い出す…、みたいな。ちなみに主人公はタイガー→タイバニのマネジメント担当。フィアンセちゃんはアポロンメディアの御偉いさんでスポンサー、とかの娘さんだといい。そしてバニーちゃんの大ファン。清純派だけど虎徹と1回だけ関係もっちゃってたりすると尚良い。THE★大人の泥沼恋愛。みたいな裏設定。

あ、ちなみにバニーちゃんは主人公に一途。虎徹と付き合ってることを知ってからも、抜け出せずズブズブ溺愛、ぞっこんメロメロ首ったけ。なぜならこういう報われない片思いなポジショニングが似合うから。

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(C) yura.shirosaki
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