3

「太守様」

 小声で呼ばれ、韻はゆっくり窓から視線を移動させた。

「季燕、街は如何なっている」

 韻は物陰に声をかけた。闇にまぎれ、男が一人立っている。
 背が低く小柄だが、足の運び方から只者ではないだろうことがうかがえる。

「やはり人影は全くありません。ですが、争った様子もありません」

 住民は己の意思で家を空けたのか。しかし、どうやって。

「何にせよ、裏切り者を捕えれば吐かせることも可能でしょう。我々はいつでも動くことが出来ます」

「好。これは緊急事態だ。もし抵抗されれば、例の手段を使え」

 季燕は軽く頭を下げ、再び闇に消えた。
 今日は幸い風もない。
 韻は小さな溜息とともに立ち上がった。

 浩はと言えば韻を探すために兵を街へ散会させたらしく、一人で庁舎の入口を忙しなく往復していた。
 数年、韻の部下として職務を熟してきたはずなのだが、全く韻の動きが読めていない。
 今まで何を見てきたのか。結局、何も見てこなかったのか。

「呉浩殿、お一人になられるとは、無防備過ぎやしませんか」

 韻は浩の背後から声をかけた。
 ぴたりと足を止めた浩は、ゆっくりと踵を返す。

「てっきり逃げ出したものと思っていたが、流石にいい度胸だ」

 浩が懐に手を伸ばそうと動くが、韻の動きのほうが一歩素早かった。

「私を易々と生け捕りに出来ると思ったのならば大間違いだ。殺すほうが、幾何か簡単であっただろうに」

 言いながら、浩ののど元に切っ先を向ける。

「私は試されたのだ。あの国で認めてもらうために。確かに、何度も殺せる機会はあった。だが、許されていない……」

「不相応だったようだな。……だが、何故乕に寝返ろうなどと考えたのだ」

「お前が嫌いだった……それだけだ」


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