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「太守様」
小声で呼ばれ、韻はゆっくり窓から視線を移動させた。
「季燕、街は如何なっている」
韻は物陰に声をかけた。闇にまぎれ、男が一人立っている。 背が低く小柄だが、足の運び方から只者ではないだろうことがうかがえる。
「やはり人影は全くありません。ですが、争った様子もありません」
住民は己の意思で家を空けたのか。しかし、どうやって。
「何にせよ、裏切り者を捕えれば吐かせることも可能でしょう。我々はいつでも動くことが出来ます」
「好。これは緊急事態だ。もし抵抗されれば、例の手段を使え」
季燕は軽く頭を下げ、再び闇に消えた。 今日は幸い風もない。 韻は小さな溜息とともに立ち上がった。
浩はと言えば韻を探すために兵を街へ散会させたらしく、一人で庁舎の入口を忙しなく往復していた。 数年、韻の部下として職務を熟してきたはずなのだが、全く韻の動きが読めていない。 今まで何を見てきたのか。結局、何も見てこなかったのか。
「呉浩殿、お一人になられるとは、無防備過ぎやしませんか」
韻は浩の背後から声をかけた。 ぴたりと足を止めた浩は、ゆっくりと踵を返す。
「てっきり逃げ出したものと思っていたが、流石にいい度胸だ」
浩が懐に手を伸ばそうと動くが、韻の動きのほうが一歩素早かった。
「私を易々と生け捕りに出来ると思ったのならば大間違いだ。殺すほうが、幾何か簡単であっただろうに」
言いながら、浩ののど元に切っ先を向ける。
「私は試されたのだ。あの国で認めてもらうために。確かに、何度も殺せる機会はあった。だが、許されていない……」
「不相応だったようだな。……だが、何故乕に寝返ろうなどと考えたのだ」
「お前が嫌いだった……それだけだ」
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