Dämmerung
「薬を飲めば、残り一年。薬を飲まねば、一週間」
目の前の医者は、そう告げた。 薬とは言え正直な所、解毒剤である。 己の身には、決して解毒出来ない毒が染み込んでいるのだと聞かされた。
「何の為に」
医者は答えない。 それ以上問うても時間の無駄だと判断し、張皖は医者を追い出した。 皖の下した決断は、残り一週間の道。 解毒剤の副作用で四肢が動かなくなり、寝たきりになる。 床で残りの時間を過ごすのは、嫌だった。
韻が暫く前から任地を離れ、皖の側に来ており、一日何回も顔を出す。 解毒剤を飲まなくなってから顔色の良くなってきた皖の様子を見、韻は喜んでいた。 いつ、事実を話そうか。 皖は空を仰いだ。 雲一つない快晴。冬晴れである。
「義兄上、大分体調が良くなられたようで、安心致しております。今度狩りにでも行きましょうよ」
窓辺に腰掛けている皖に、韻は言いながら弓を射る格好をしてみせる。
「紅藍、私は永くないんだ。だから子宇を呼び寄せた。……解っているから、お前も任地に戻らないのだろう」
「やだな。不吉な冗談は聞き飽きたよ。どう見たって良くなってきてるじゃないか……」
韻は視線を反らし、空を見た。 その先には、冬の、どこまでも抜けるような青空が広がっている。 徐に皖は立ち上がり、韻の肩を抱き寄せた。存外、小さい。
「私は、永くない。子宇の事は心配していないのだが、お前を遺して逝く事が、唯一の心残りだ」
皖の服を握る韻の手に、力が篭る。 それに答えるように、皖は韻の頭を愛おしそうに、柔らかく撫でた。
「俺がお前の足枷になっているだろう事は解っている。多分、これからもずっとそれは変わらないだろう。俺がお前にしてやれる事は少ないし、時間もない。……直、側にいられなくなる」
抱きしめる事しか出来ないもどかしさ。 時間があれば、もっと何かしてやれたかも知れない。 こんな形で時が尽きようとするなど、夢にも思わなんだ。
「公徳兄は、私が後を追ったりしないか心配なのだろう。そんな事はしないから安心してくれ」
韻は顔を上げる。瞳から真珠のような涙がぽろぽろ落ちるが、強引にそれを拭う。 無理矢理笑顔を作りながら皖に背を向け、距離を取る。
「私は平気。心配は、無用だ」
「紅藍……」
七歩程皖から離れた所で韻は振り向き、口を開いた。
「公徳兄、―――――!」
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