Odi et amo.
「私も、最期はあのように穏やかに逝きたいものだ……」
許庚の葬儀が終わり、衍の隣で耿珠がぽつりと呟いた。視線が、虚に宙を漂っている。
「武人たるもの、戦場で果てたいんじゃなかったのか」
衍は珠の残された右の瞳を覗き込むが、やはりそこには何も映らない。
「伯艾殿がおられぬ今、私が戦場に出る事も無いだろう。それならばせめて、あのような貌をして逝きたい」
「お前くらいの人間なら、どこへ行っても通用するだろう。いくらでも戦う場所はあるんじゃないのか」
「私は女だ。伯艾殿だけがその事に目を瞑ってくれていたが、影で何を言われていたかくらいは知っている」
女だから贔屓されている、だの。 実力も無いのに、色仕掛けで副将に納まっている、だの。 衍の耳にも入ってくる程、あることないこと言われているのは知っていた。 だが、そんな噂など意味を持たぬ程、珠は良将であるのは戦歴からして明白なのだ。 ただの僻み、やっかみである。
「俺が陰口叩く奴を吊し上げてやる。俺の部隊に来い」
珠から返ってきた視線は、いつものように鋭く冷たいものだった。
「誰がお前みたいなやつの所に行くものか」
「他に行くトコも無いんだろ。だったら、俺の所に来い。誰にも文句は言わせねぇ」
暫しの沈黙。 静けさを破ったのは、珠の笑い声だった。
「お前以外に頼る術が無いなんて皮肉だな。お前なんて大っ嫌いだ。けど……助かる。私から戦を取ったらただの抜け殻だからな」
珠の笑顔を、久々に見た。 何年振りだろうか。 あれは多分、出会った時以来だろう。 すぐに泣かせてしまってから、一切衍に笑顔は見せた事など無かった。 久し振りに見せた珠の笑顔は、衍の心に何かを点した。
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