嫁
「おい、張韻。韓堵(ト)の所へ嫁に行け」
低く乱暴だが、透き通った声に呼び止められ、張韻は振り返る。 声の主は郭翼だ。
「いきなり私を呼び捨てにした上、嫁に行けだと? 貴様、何のつもりだ」
一瞬、張韻は剣の柄を握り締めた。
「公徳の妹と、叔屏との婚姻……向こうから話があった。悪い話じゃない」
「私には悪い話だ。叔屏のヤツ、何を考えてるんだ……」
ふっと郭翼が鼻で笑う。
「最近、祿と燕との関係が悪化している。燕は乕と結び、祿を滅ぼそうとの動きがあってな。そこで祿は我等魁との繋がりを欲している……」
「それで私か。この話、公徳兄は?」
郭翼は首を横に振った。 この男、手際が良いのか悪いのか。 張韻は俯き、ぽつりと呟く。
「……公徳兄が是であれば、従おう」
その答えに、郭翼はがっくりと肩を落とした。
「その話、誰が応じると思う?」
木簡を片手に、張皖は溜息混じりに苦笑した。視線の先には俯く張韻と、呆れ顔の郭翼の姿がある。
「利がある話だ。お前が応じたくない気持ちも解るがね」
いやいや。と張皖は首を振り、手にしていた木簡を机に置いた。
「俺は別に構わんが、相手側が後悔する事になるだろうと心配しておるのだよ」
と、うそぶいた。 張韻を嫁になどしたら、何を仕出かすか解らない。相手側、韓堵にもそれは理解しているだろう事は解っている。
「そこで、だ。逆にこちらがあちらから嫁をもらったらどうだ、と考えていた」
「人質か」
「そうじゃない。……いや、そう思われても仕方が無い……」
しどろもどろに答える張皖を横目に、郭翼がニヤリと笑う。
「あの家のお嬢さん方は皆、若くて美人と評判らしいな。お前にゃ勿体ない」
「……言っておくが、俺にじゃない。基(キ)に、だ」
基は張皖の長子で、志暉の遺児である。 この年、十三。 まだ元服もしていない子供だが、婚儀の約束しておくのに遅いも早いもない。
「あー……。お前も子供に嫁を貰う歳になったのか」
「お前とたいして変わらんよ」
「おい、お前ら……」
皖翼二人が振り返ると、俯いたままの張韻がわなわなと肩を震わせていた。
「私は何のためにここにいるんだ」
前 | 次目次 |