昔語り
 私が許家にやって来たのは、五つの頃だったか。いや、やって来たと言うより買われて来た、と言った方が正しい。
 当時はまだ混乱のただ中にあり、地方では食いぶちを減らす為、幼い子供を人買いに売り払う家が数多くあった。
 私の家も、そんな家だったようだ。
 ただ、私は許庚殿に拾われ、育てられた。
 伯艾殿は実子と分け隔て無く私を扱い、女であるのに武術の類も学ばせてくれた。
 今でも、畏敬の念を忘れられない。
 ただ、その息子が悪かった。

 その男は、顔を会わせた時から、我が最大の好敵手となった。
 歳が二つばかり上で、体格も良く、何事も私の上を行き、その事であれこれ鼻持ちならない自慢をしてくる。
 良家のどら息子を絵に描いたような男だった。無論、今でもその性格は変わらない。
 いくら私が努力をしてもそれを軽々と超えて行き、これみよがしに見せ付ける嫌な奴。
 大っ嫌いだ。

 一軍の将として働ける奴が羨ましく、いくら実力があっても副将にしかなれない己が疎ましい。
 その焦りが、己を追い詰めたのだろう。
 伯艾殿の副将として戦場にあったある時、私は矢に当たり、左目を失った。
 以後、隻眼姫との有り難くないあだ名を頂戴する事となる。
 全部あいつの所為なのに、と思う自分が嫌になった。
 奴だけは、変わらなかった。



 耿珠(コウシュ)
 字は瑛姫(エイキ)
 後、許衍の妻になる。

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