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流石に張韻も身構えたが、元才が取り出したのは合口ではなく、小さな木の箱だった。 中には丁寧に丸められた絹帛が納められており、何やら手紙のようだ。 首を傾げる張韻に、元才は再び目を細める。 張韻は絹帛を受け取り、ゆっくりと広げてみると、そこには、懐かしい筆跡が所狭しと並んでいた。
「義兄上の……字、だわ……」
生きて、その声を聞いたのは、遥か十五年以上前。 今では顔も思い出すのに苦労する。
「太祖の遺言書です」
元才はただ、一言口にしただけだった。
――歳の離れた、我が妹へ。
最初の一文で、すでに張韻の視界は朧げに霞んでいた。 それを見た元才は、暫く部屋を出る事にした。
歳の離れた、我が妹へ。
形式張った書き方をすれば、お前はまた眉根を寄せ、途中で捨ててしまうに違いないと思い、堅苦しいのは止めておく。
筆を執ったのには理由がある。 いつでも会える場所にいるお前に、わざわざこうして手紙を書いた。 いつまでも残るように。
お前がこの手紙を元才から受け取った頃には、儂はもうこの世にはおるまい。 果ては、我が一族のまわりに何か、不穏な空気が漂っている事だと思う。 そのような時があるのではと憂い、最期の頼みをここに記す。
息子か、孫かは解らないが、よく補佐してやって欲しい。 詳しい話は元才に頼む事とするが、必ず何かが起こる。その時は、頼む。
お前がいるからこそ、安心して逝く事が出来る。 信じているぞ、紅藍。 また、会おう。
太祖の遺言書は、有名な物がすでに広く知られている。 元才が持っていたのは生前、何かあった時の為に渡されていた物だった。 一族の危機を予見出来た背景には、先主の最期と関係があると元才は見ている。 ただ、その事を張韻に告げるのは、もう少し情報を集めてからで良いだろう。
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