暫し沈黙が続く。
 これも病状が深刻な事くらい解っている。だから太守を辞めて、ここに居る。
 思ってくれるのは有り難い。だが、おかげでなかなか踏ん切りがつかないのも事実。
 死にたくないな、と張皖は思った。



「お二方、真っ暗ですよ。何してるんですか」

 日はすっかり落ち、光源の何も無くなった部屋に、蝋燭を手にした許衍が顔を見せた。
 野暮な事を、と言いかけた張皖は言葉を飲み込み

「太山に沈む夕日を眺めておった」

 と答えた。

「日が落ちたのは、もう一刻は前になりますよ。冷えています。窓を閉めてもよろしいですか」

 答えるを聞く間もなく、許衍はすたすたと机に蝋燭を置いた後、窓辺に歩み寄り、窓を静かに閉じた。
 窓の外には、街の明かりが点々と見える。

「ご家族の方々は、二、三日中に到着するとの事です」

 許衍の声は、淡々としていて何処と無くよそよそしい。
 心当たりがある為あまり深くは追求せず、張皖は溜息を一つ吐いた。
 元才が何か余計な事を言ったらしい。

「そうか。暫くこちらに滞在する事になろうからな。紅藍、部屋の手配を頼めるか」

 駄々をこね、むくれる子供のように俯いたままの紅藍に声をかけた。
 部屋は、許衍が勝手に行灯へ火を燈しはじめ、明るくなり始めている。

「……解りました。すぐに手配して来ましょうか」

 張皖は軽く頷く。
 すっと立ち上がった紅藍は、今までの表情が嘘のように、いつも戦場で見せる顔をしていた。

「子珪、筆記用具一式を持ってきてくれないか。それと、明日朝一番に元才をよこすように言っておいてくれ」

 明かりを点け終え、部屋を後にしようとしていた許衍の背中に声をかける。
 「了解しました」との返答があった後、扉が閉まる音が静かに谺した。


 良く摺られた墨に、ゆっくりと筆を沈め、程よいところで引き上げる。
 一瞬、宙で停止し、瞳を閉じて息を深く吸う。
 今のうちに、躯の自由が効く今のうちに、書かねばならぬ事がある。
 柔らかな絹帛の上を、筆が踊った。

 ――歳の離れた、我が妹へ。


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