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戦場とは思えない程、シンと静まり返っている。 張韻は気が向いたのか再び城壁に上がり、夜風に髪を靡かせていた。 短い間に春月は雲間に消え、再び重苦しい雲が立ち込めているようだ。 瞳を閉じ、胸一杯に空気を吸った。 微かに焦げた臭いが鼻腔をくすぐる。 炎が広がらぬよう、雨が降った方が良い。
「太守様、あれをご覧下さい。敵陣に、炎の手が上がっております」
近くの兵が指差す方向に目を遣ると、紅い炎が黒い天を焦がしていた。
「よし。西、南門に枚を銜ませた騎兵を二千五百づつ配置せよ。合図があり次第、一気に敵陣に夜襲を仕掛ける」
張韻は指示を出しながら踵を返し、階段を駆け降りた。
敵陣にある魁の人間は五万。 流石にその全員ではないが、偽の文をばらまかせておいた。 策だとしてはあからさま過ぎるが、一枚岩では無い敵に対してはお互いに疑心暗鬼を生じさせる。 それが看破されても、実際に埋伏の毒は仕掛けてあった。 だが、様子からして、期待以上の結果が得られたようである。 外から圧力を受ければ、反発する物だ。 賀漣は隣で進言をくれる参謀を、あまり快く思ってはいなかったようだ。 何でも言う通りにすれば当たる。 そんな粱玄に、嫉妬があった。
一刻の後、前々より用意してあった黒い馬が、門の前に並んでいた。 夜襲部隊の人間は、日頃より特別に鍛えてある親衛隊の者であり、腕は確かだ。 張韻以下、部隊の者は皆黒い鎖に身を包んでゆったりと馬に跨がる。
「敵の乱に乗じ、以て功を立てよ!」
空に一筋の光が上がると、西、南の両門が開かれ、黒い波が動き出した。
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